ハリセン兄さん

 

 スポットライトの舞台の上

 二人の声が響きます

 私は十九で 初舞台

 相手の あなたは大師匠

 しゃべくりだったら この人と

 有名なのです 今だって

 だけど あなたは 押しが弱く

 『ヘタレのハリセン』と 有名で

 かつての相方に 見捨てられ

 むこうは とっくに 全国区

 私は もともと 他所の者

 『ヨゴレのヨーコ』の イヤな過去

 マイク片手の スナック巡り

 二人は営業 場末の酒場 

 あなたは私の前座で司会

 寂しい心が触れ合った

 運命的な 夜でした

 あなた 私は大丈夫

 すこし ビックリしたけれど

 なんだか馴染んできたみたい

 あなた 得意のノリツッコミ

 からだの奥まで響きます

 あなたの ツッコミ 受けながら

 私は 声を張り上げます

 うるさすぎるっていわれても

 自然に声がうわずります

 かぶせ かけあい からみあい

 テンドンかまして ヒネリをきかせ

 スポットライトの真ん中で

 二人のカラミは続きます

 思い出します あなたと私

 あなたに誘われ芸の道

 人気のない所で ネタ合わせ

 ネタをくったり くられたり

 ネタを仕込んでいる最中

 たれかきました いきました

 あなた 私の顔を見て

 はずかしがること あらへんと

 私を撫でてくれました

 わたし ボケます ボケてます?

 私 うまく やれてるかしら?

 いくらか緊張していても

 舌の動きはなめらかです

 かんだりしないわ 大丈夫

 ネタフリするのは あなた 

 私は あなたに呼吸をあわせ

 あなたの心をはかります

 小ボケ 大ボケ たたみかけ

 いかして とばして まいあがり

 私とあなたの初舞台

 私の生まれ変わった日

 小さな小屋は人いきれ

 ざわめくお客のヤジの中

 あなたの 言葉は 魔法のように

 みんなのこころを動かします

 素人 芸無し センスが古い

 二人を取り巻く悪口も

 私にとっては芸のこやし

 それで ドカンとわくのなら

 ベタベタだって かまわない

 あなたが ひとたびツッコめば

 心のひだがくすぐられ

 あなたが ふたたびツッコめば

 歓喜の嵐が渦巻きます

 私 どきどきしています

 もう ダメかしら もう ダメです

 知らず 涙があふれます

 あなたのツッコミ 激しくて

 私 いつしか 血眼です

 あなた 早く ツッコミいれて

 私 このままじゃ 間がもたない

 私 焦って 混乱し

 ダイコンかましてしまいます

 かんだりしたのも わざとじゃないわ

 逆切れしないで お願いです

 初めてなのよ 本番は

 私はからだをふるわせながら

 あなたの横顔見上げます

 あなたは私の耳元で

 おちつきなはれと ささやきます

 するとなぜだか 嘘みたい

 うまく 心が落ち着いて

 あなたに言葉が渡せます

 これから いつでも どこででも

 あなたは私の左側

 人はヘタレと言うけれど

 あなたは私の大師匠

 どんな時でも いつまでも

 こんなヨゴレた私でも

 相方と呼んでくれるなら

 私はいつでもあなたの味方

 あなたを信じて ボケてゆきます

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