お天気象さん


 お天気象さんは

 雨の中

 庭の芝生の 百葉箱

 お仕事ですから チェックします

 飼育係の シーク君は

 ブラシと セッケンを持ってきて

 象さんの身体を洗います

「お天気象さん かゆい所ないですか?」

「お天気象さんは かゆい所あります」

 今日は意外と しおらしく

 臆病なシーク君は ほっとします

「どこがかゆいの? お天気象さん」

 お天気象さんは うわのそら

 シーク君の質問に 答えずに

「知ってる? こんな 驟雨(スコール)が

 大地を濡らすときはね

 その大地のどこかで

 女が濡れながら 泣いているのよ

 だから

 雨はただ降るのではなくって

 その女の『絶望』がそれを降らせるの」

 お天気象さんは そう言って

 耳をぱたぱたいわせたあと

 鼻をのばして シーク君から

 ブラシを からめ取ると

 バシャワシャ ワシャバシャ

 自分の背中をかくのでした

 お天気象さんは

 小屋の中

 外は嵐で 仕方なく

 狭い窓から外を見ています

 赤いターバンの シーク君は

 リンゴと キャベツを持ってきて

 象さんの機嫌を伺います

「お天気象さん ご機嫌いかがですか?」

「お天気象さんは ご機嫌ななめです」

 今日はちょぴりと 意地悪で

 気弱なシーク君を おどかします

「どうして ご機嫌ななめなの?」

 お天気象さんは イライラと

 シーク君の質問に 答えます

「なぜって こんな カミナリが

 世界を照らすときはね

 その世界のどこかで

 女が女を殺しているの

 だから

 雷はただ轟くのではなくって

 その女の『殺意』がそれを轟かせているの」

 お天気象さんは そう言って

 シッポをぱたぱたいわせたあと

 鼻をのばして シーク君から

 キャベツを もぎりとると

 バリボリ ボリバリ

 遅い昼食を食べるのでした

 お天気象さんは

 お散歩中

 村の外れの 丘の上

 鼻をふりふり ご機嫌です

 印度生まれの シーク君は

 象さんの背中に乗っかって

 満天の星を 見上げます

「お天気象さん、明日はどうですか?」

「お天気象さんは、明日はわかりません」

 今夜もやっぱり いやらしく

 素直なシーク君を 困らせます

「明日の天気は? お天気象さん」

 お天気象さんは すました顔で

 シーク君の質問を さえぎります

「ほら見て、あんな流星が

 夜空をよこぎるときにはね 

 その星空の下で

 女が一人で 死んでゆくのよ

 だから

 星はただ流れるのではなくって

 その女の『情念』がそれを押し流しているの」

 お天気象さんは そう言って

 目をパチパチしぱたかせたあと

 鼻をのばして シークくんを

 背中から 地面に降ろすと

 ボロボロ ボトボト

 大きなうんちをするのでした

 

 お天気象さんは

 夢の中

 外は月夜で 明るくて

 いま おやすみの最中です

 象さん想いの シーク君は

 大きな毛布を持ってきて

 象さんの背中に かけようとします

「お天気象さん、いい夢みてるの?」

「お天気象さんは、いい夢みてません」

 今夜はなんだか 悲しげで

 優しいシーク君を 心配させます

「悪い夢見てたの? お天気象さん」

 お天気象さんは 泣きながら

 シーク君の質問に 答えます

「いやだわ、こんなに月光が

 狂おしく見える夜にはね

 この月明かりの中で

 女が獣に 姿を変えられてゆくのよ

 だけど

 それは妖しい月光のせいなんかではなくって

 殺された女の『呪い』がそれをそうさせているの」

 そう言って お天気象さんは

 足をどんどん踏みならしたあと

 鼻をのばして シーク君から

 毛布を奪い取ると

 ガシゴシ ゴシガシ

 あふれる涙をぬぐうのでした 

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