クルマノ・フォビア


  1

 僕はクルマの後部座席に乗っている。

 とつぜん、運転手が消えていなくなり、

 あわてて、僕は後ろの座席から手をのばして運転をする。

 クルマは暴走して、ヒトをどんどん轢殺する。

 僕がゴキゲンにクルマを運転している。

 いきなり、ハンドルが取れてしまったりする。

 きゅうに、ブレーキが効かなくなり、

 クルマは道を越えて走りだす。

 クルマはあばれまわり、ヒトをバタバタひきころす。

 血飛沫をまきちらしながら、僕のクルマは走り続ける。

「これは夢だ。そう。目覚めればすべては消えている」

 僕は恐怖に狂い笑い、鼻歌をおりまぜながら泣いている。

 僕は目覚めて思う。

 また見たのか。クルマで人を殺す夢を。

 夜、寂しい街道を飛ばしていて、

 ガツンと何かを跳ね飛ばした。

 クルマの外に出てみると、

 愛すべき誰かが、そこに横たわっている。

 あたたかい誰かの血溜まりが、僕の靴下まで濡らす。

 誰かの心臓は荘厳な静寂をまもり、

 僕の心臓は肋骨を内側から強打する。

 時間よ戻れと願っても、

 時間は戻らず、現実として、

 愛すべき誰かの血が、僕の靴下まで染み込んでいる。

「これは夢ではない。これはまぎれもなく現実なのだ」

 僕は恐れつづけていた一瞬が到来したことに驚き、

 同時にいままで僕をさいなみつづけたあの悪夢が、

 もう再び訪れないことをなぜか確信している。

 それは、なぜか僕をえらく安堵させ、

 そして倒れている誰かを真に愛すべき人だと思う。

 僕は、あたたかいその誰かの血に膝をひたし、

 愛おしい誰かを抱き起こして、そっとささやいてみる。

「はじめまして。あなたを轢殺したのは、僕です。」

 僕は誰も見ていないことを確認したあと、

 その血塗れの誰かを抱きしめて、そっと口づけをしてみる。

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