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きわダイアローグ06 安枝裕司×向井知子 1/2

2020年秋、前年に引きつづき北九州市響灘ビオトープを撮影させていただき、その際、同園長の安枝裕司さん、職員の三上剛さん、山本悠画さんにお話を伺いました。ここでは、安枝さんに伺ったお話を公開します。

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1. 自然と人の生活を解釈する

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向井:日本では、風力や太陽光、ビオトープ *1 もそうですけれども、田舎の見えないところにあることが多いですよね。そういう場所は、都市生活からはすごく離れているという印象があったんです。それで調べたところ、かつての公害の街とネガティブに思われていた北九州市が変わりつつあることを知りました。自然エネルギー施設やビオトープが都市部にあるのなら、わたしたちの暮らしとテクノロジー、これからの人間が自然とどうやって共存していくかを見られる場所なのではないかと思い、ぜひ見てみたいと思ったんです。
昨年(2019年)、北九州エコタウンセンターに、普通の来館者として伺わせていただいて、館内を案内していただきました。そこで、職員の方がエコタウン一帯の概要をお話くださいまして、響灘ビオトープ自体にもすごく興味を持ちました。人間が一生懸命自然と共存しようと、最先端のテクノロジーを駆使した設備をたくさん建てている土地に、そんなことはお構いなしとばかりに、ゴミが埋め立てられてできた場所に、勝手に、絶滅危惧種が生息してしまっている。そこに、ヨーロッパ取材時の都市部で見た、自然エネルギー施設が周辺の自然景観と一見馴染んでいるようでいて、一方で違和感も感じる様子に対する、一つの回答ではないですが、ヒントがあるのではないかと感じたんですね。
近頃、様々なサイエンティストが、世界で起きているいろいろな災害やウイルスの問題は、例えばこの10年、20年、ウィルスのパンデミックが異常に増えているのは、人間社会とその他の生態系が近づきすぎているからではないかと指摘しています。そのような今日の人間社会と自然の関係を調べるうちに、響灘ビオトープを知った当初は、漠然と取材をさせていただいただけだったものが、わたしの映像のなかでも、このビオトープの存在が大きくなり、暗示的にどんどん登場してくるようになったんです。

埋立地に雨水がたまり、そこに絶滅危惧種の生物などが生息し始めた
ビオトープの草むらの向こうに、風力発電の風車やバイオマス施設が見える

それから、近年、都市の中で自然の進化をどう考えるかという問題がたびたび取り上げられていますよね。最近、メノ・スヒルトハウゼン *2 というオランダの生物学者の『都市で進化する生物たち』という本を読んだのですが、生命科学、生態学、生物学では、野生としての自然をどう保全するかの話にはすぐなるけれど、実は都市と言う場所はいろいろな環境が揃っている進化の最先端だと言っているんですね。山岳地帯などワイルドな自然の中にいる動物であっても、都市の中にいると、同じ種であっても別の生態系として進化が進んできているそうなんです。例えば、都市部の蛾が、光に反応しなくなっているそうですね。進化や共存、共生を考えるときには、単にワイルドな自然を守ることではなく、都市で何が起きているのかといったことを、わたしたち人間自体も自然なので、それを含めてどういうふうに捉えていくかが重要なのではないかと述べられていました。
実はこのきわプロジェクトには、ドイツにある「芸術と自然を並置する」という理念で設立されたインゼル・ホムブロイヒ美術館のサイエンス・キュレーターであり、物理学者の方にメンバーに入っていただいているんですね。その美術館には、60ヘクタール以上の自然景観が広がっているのですが、わたしたちが自然だと思っているものが、実は人間によって人工的に造園された場所で、つまり構築された自然なんです。そういった環境のなかで、きわプロジェクトのようなものごとの捉え方、わたしたちの自然との向き合い方を将来的に改めて考えられないかと、そのキュレーターの方は興味を持っているようなんです。
少し長くなりましたが、ここまでがこちらを取材させていただきたかったきっかけです。

安枝:ありがとうございます。わたしはもともと建築設計事務所に勤務しており、20年くらい前に転勤で北九州に来ました。生まれ育ったのは京都で、働いたのは東京で、どちらかというと観光都市や商業都市での生活が中心だったのが、工業都市である北九州に越してきて、建築現場の管理監理を約2年行いました。実際に住んでみると、工業のイメージは濃くなく、ちょっと行くと海も山もあるような環境であったり、食べ物も新鮮であったり、人口100万人弱の都市とはいえ人口密度も適度であったり、物価も高くなかったりと、本当に暮らしやすい場所だと実感しました。それで、その建築現場の建物が竣工したときに、東京には帰らず北九州で働き続けようと、その設計事務所を辞めました。ここにいれば、家と職場の往復だけではない豊かな生活が送れると感じたんです。
わたしが設計事務所に入ったときはバブル末期でしたので、とにか建物は壊しては造りという社会状況でした。社会の変化とともに建築の業界も変わってきて、環境に配慮した設計も必然となり、建築だけでなく、さまざまな分野で環境保全に取り組む人たちと出会うことが多くなったんです。わたしが北九州で担当したのは延べ床面積が10万平米近くある大きな建物だったのですが、施工の過程では、単なる施主、施工者と設計者だけの関係ではなく、さらに建物単体ではなく、周辺のことを含め街としていろいろ考えなければいけないという状況でした。建物が周りに与える影響が大いにあるなかで、街全体のことを考えていかないといけない。自然や風土との関わりですね。かつては建築家が風土を読み取り、都市計画を提案していた時代がありましたが、近年は行政による都市計画マスタープランのなかで街づくりが進んでいくという状況で、街や建築と生活とのつながりを通訳する人がいないなと感じたんです。そんななかで、わたしができること何だろうと考えたときに、自然と人の生活の大切な関係を解釈してわかりやすく伝えるようなことができればと思いました。まだまだ模索中ではあるのですが、市民参加型の環境に配慮したまちづくりに関わるようになりました。今では設計図面を引くことはないのですが、身近な環境のことがどうやったらうまく伝わるかを、環境学習施設の運営なんかを通じて実践しているところなんです。

向井:きわプロジェクトを始めたきっかけを少しお話させていただきたいのですが……。何年か前に人間がどうやって自然と向き合ってきたかを調査するためにヨーロッパを回った際、北ノルウェーでフィヨルドを見たときに、空と海と大地が三層からできているなあと思ったんです。次の日、7,000年前の岩絵が残っている場所に行ったのですが、先史時代の人たちも実際その世界が三層からできていると思っていたそうで、その空と海と大地が交わる水ぎわに岩絵を描き続けてきたらしいんです。大地は、人間と動物の暮らしのある場所でありますが、水ぎわは自分たちのコミュニティの交わりの場所であり、自然と交信する場所だったんです。それを知って、「きわ」に着目しようと思い、きわプロジェクトを始めたんです。

アイスランドやマレーシア、シンガポールなどにも取材に行き、作品の素材として使用しています。国内では自然や文化のきわの場所である宗像へも行きました。この動画に関して言うならば、最後のシーンにテクノロジーの風景と、もともとある自然の風景をコラージュしています。そういう混在の風景が出てきて、かつ、実は暗示的にビオトープの草が揺らいでもいるうしろに風車の影が回っているんです。でも、わたしはそれを理屈でわかってもらう必要はないと思っています。ただ、直感的にわかってもらうような演出をしているため、具体的に言わなくても、見た人たちは人工的なものと自然が混じっていると思うらしいんです。この作品についてはご覧いただきましたが、どんな印象をお持ちになられましたか。

安枝:わたし自身は映像作品に触れる機会がなかったんですけれども、表現が多彩でこんなことができるんだなと思いました。普段見慣れている風景が、こんな見方もできるんだ、面白いな、奥が深いなと。

向井:ありがとうございます。たぶん、写実に映しただけでは逆にわからないことってあると思うんです。写実的なものも見せながら、同じ素材で少しずつ抽象的にしていって、心象風景のようにしています。観た方は、抽象的になったほうが、自分で想像されたりするんですね。「これは雲みたいだ」とか「なんとかみたいだ」と。そういうところで、その人自身が何か感想を持つことがとても大切だと思っていますし、嬉しく感じています。そういう単純な感想を持ってもらえるだけでいい。その人が自分とのつながりを見つけるということがすごく重要だと思うんです。そういった場づくり、空間づくりのために映像を使っている感じですね。

安枝:人前で話す講演会のなどで、パワーポイントを印刷した資料を配ってほしいとか、主催者の方から言われることがあるんですが、わたしはお断りしているんです。それを配ってしまうと、それだけを見て、言葉、文字でしか入ってこなくなってしまう。そうではなく、わたしが言いたいのは、この文字を伝えることじゃなくて、みなさん自身に考えてほしいということ。メモも特にしてもらわなくて構わないので、映像とわたしの言葉で、みなさんなりに想像してほしいとお伝えしています。

向井:とても大切だと思います。アートの世界でさえ、言葉や、いわゆる説明的な描写をしてしまうことが、今溢れていると感じています。言葉や説明的なものを使ってしまうと、わかった気になりますけれど、結局自分ごとにはならないんですね。言葉にはならないけれども、何か印象に残ったとかいうことのほうが大切だったりする。そのときに、「ちょっと行ってみようか」とか「こう思った」と、自分の感想を持つことが大切だと思っているので、とても共感しました。

安枝:大人だけではなく子どもたちとも接する機会も多いのですが、子どもたちは環境問題について頭でしっかりわかっていると感じています。逆に親世代になると、環境のことについて、学問でも学んでこなかったり、環境問題も多様化したりするなど、家庭で環境行動の共有がしづらい状況にあるのではないかと思います。社会背景が異なるので仕方ない部分はあるのですが、世代間ギャップをなんとかしたいなとは感じています。

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*1 ビオトープ
Bio(生命)とtopos(場所)の合成語で、生物が生息する空間を指す。森林、海、砂地、沼、池などさまざまな生き物が地域固有の生態系を構築している場所は、すべてビオトープと言える。

*2 メノ・スヒルトハウゼン(Menno Schilthuizen、1965年〜)
オランダ出身の進化生物学者、生態学者。ナチュラリス生物多様性センターのリサーチ・サイエンティスト。オランダのライデン大学で教授も務める。ほかの著書として『ダーウィンの覗き穴:性的器官はいかに進化したか』など。

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安枝裕司(やすえだゆうじ)
京都市生まれ。建築設計事務所、大学技官などを経て、2019年より西日本最大級のビオトープである「北九州市響灘ビオトープ」の園長として、生物多様性の取り組みを実践し、普及に努める。業務の傍ら、市民参加型の環境保全に取り組むNPO法人の副理事や大学の非常勤講師も務める。

向井知子(むかいともこ)
きわプロジェクト・クリエイティブディレクター、映像空間演出
日々の暮らしの延長上に、思索の空間づくりを展開。国内外の歴史文化的拠点での映像空間演出、美術館等の映像展示デザイン、舞台の映像制作等に従事。公共空間の演出に、東京国立博物館、谷中「柏湯通り」、防府天満宮、一の坂川(山口)、聖ゲルトゥルトゥ教会(ドイツ)他。

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