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仮面ボクサーの話

 「改心するダメ男」が好きという話を以前したんだけど、じゃあその「ダメ男」の源流ってどこにあるのか? と思って色々考えてみた。
 たぶん島本和彦と森見登美彦だなと思った。どちらも、理想と現実のギャップに苦しんでいる男を描くのが非常に上手い。そのギャップを、わかってるんだけど、わかりたくない、そんなジレンマを抱えた若者が、僕の好きな「ダメ男」の原点な気はする。

 というわけで仮面ボクサーの話をするぞ。
 島本和彦が描く、理想と現実のギャップに苦しんでいる若者の典型だ。

 漫画作品としての「仮面ボクサー」は、島本和彦が仮面ライダーとロッキーとあしたのジョーが好きだから描いたんだろうなみたいな漫画だ。悪のボクシング団体が、強化ヘッドギアを付けた怪人ボクサーを次々と送り込んできて、日本ボクシング界が大ピンチ。そこに同じ強化ヘッドギアを付けた仮面ボクサーがやってくるというトンチキな話である。

 主人公は、多くの島本作品の例にもれず、基本的には熱血漢だ。「男」だの「魂」だの「命がけ」だの、そんな言葉を口にはするが、根性が通常の人間の1/3しかないという特性を持つ。
 本人もそれに悩んでいて、同じボクシング部の部員に腕立て300回と言っておきながら、自分は60回くらいでやめてしまったり、減量すると言いながらカツ丼を食べてしまったり、そういう失敗をするたびに自分を責め、落ち込む。ヒロインの言葉を借りれば、「“男”の空回り」という奴だ。

 でもまぁ、なんだかんだ毎回、いざという時には男気を発揮して逆境から立ち上がり、強敵に挑む。で、その立ち上がるキッカケというのも、だいたい些細なものだ。ほんの小さな恋心だったこともあるし、女々しい嫉妬心であったこともある。
 僕はこの手のキャラにおいては、それでいいと思った。仮面ボクサーの主人公は、常に「前を向きたい」「立ち上がりたい」と思いながら生きている。立ち上がる下準備は全部できていて、無いのはキッカケだけなのだ。

 その際たるものが、最終エピソードである。

 悪のボクサーを撃退し続けた主人公の前に、最強の敵”ゴッドボクサー”が立ちはだかる。誰がどう見ても、史上最強のヘビー級ボクサー本人が強化ヘッドギアを付けているだけのゴッドボクサーなのだが、主人公はそいつにめたくそに叩きのめされる。
 心の折れた主人公は、それでもゴッドボクサーを倒せるのは君しかいないと言われ、秘密兵器を託される。それは、押すたびにパンチの威力の上がるスイッチが内蔵されたヘッドギアだった。しかし、1回押すたび、寿命が1年減る。ゴッドボクサーを倒すには、30回くらい押す必要がある。
 説得しようとする開発者と嫌がる主人公の会話が好きだ。
「男はどれくらい長く生きたかじゃねぇ。如何に生きるかだろう!?」
「30年パッと使わせて如何に生きるかもないもんだ!」
 ごもっともである。こういうマジレスこそ島本作品の醍醐味だ。

 主人公は未練を捨てるため、ヒロインに告白して死地に赴く覚悟をするが、ヒロイン告白を受け入れたことで逆に未練が生まれてしまう。リングに上がった後も、スイッチを5回押したり7回押したりするだけのパンチを撃つが、当然効くはずもなく、寿命を無駄遣いしていく。
 そしてとうとう、残り寿命が30年しかなくなってしまう。

 ここで問題が起きる。主人公にではない。作者の島本氏にである
 この時の島本和彦は、メンタルがボロボロになっており、主人公を立ち上がらせることができなかったのだ。残り30年しかないとなっても、わんわんと泣き喚いて後悔する主人公のネームしか出てこない。
 これではまずいと思った編集が、島本氏を海に連れて行く。そして、海のでかさを目の当たりにした島本氏は、なんか立ち直って続きを描けた

 主人公はゴッドボクサーを倒す。寿命を使ってパンチの威力をあげる装置は結局入っておらず、主人公は単なるプラシーボ効果で30年分の威力のパンチを出したわけだが。

 ダメな男は、ダメな男なりに、現状への不満があるのだ。そして往々にしてダメな男は、「立ち上がる」ことで失うものは何も持っていないか、些細だ。だから、キッカケも葛藤も些細で良い。
 この「キッカケ」は、僕は可愛い女の子である方が好きだ。これは明確に、森見登美彦の影響だと思う。女の子がニコッと笑ってくれただけで、なんかイイ気になって立ち上がってしまうヒーロー。そういうのを、僕は書きたいなと思った。


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