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自己表現とファンアートにおける思考の切り離し方

この質問にお答えするには、僕はあまりふさわしくないかもしれません。なぜかと言うと、僕はファンアートを描いたことがないし、交流目的で絵を描いたこともない古い人間だからです。

なので、自分の方向性が定まって、作品に意味や表現を込めて世界観のある絵を描けるのであれば、それは最高なのではないかと思ってしまいます。僕もそれを目指して絵を描いています。まあ、イラストの仕事ではクライアントのリクエストに応えなければいけないのですが、それでも自分の世界観を生かしつつ、です。

というわけで、自己表現とファンアートの思考の切り離し方は、正直なところわかりません。

ただ、ファンアートをイラストの仕事に置き換えて考えても良いのでしたら、つまり自己表現とイラストの仕事との思考の切り離し方として述べるとすると、次のように考えられるかもしれません。

まず、自己表現は自分のための表現なので、人が見てもわかりにくい難解なものやわけのわからないもの、何通りも解釈が可能なものでも、自分が納得していればそれを肯定します。自分の世界にとことん没頭して描いてよいわけです。

それに対してイラストの仕事は誰が見てもある程度わかりやすく、内容が伝わるものである必要があります。自分のためではなく、クライアントのため、たとえば装画ならばそれを手に取る人のために描きます。

そういう意味ではファンアートはそれを描いて交流するところまでふくめて、ファンアートのもととなる対象へのリスペクトと同好の士に向けての伝わりやすさを全面に押し出して描くぞという気持ちに切り替えると良いのではないでしょうか。

もしかしたら全く的外れなお答えになっているかもしれず、その場合はすみません。

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