どんな夏休みを過ごしていたっけ?
私が小学生だったころはどんな夏休みを過ごしていただろう?
母親も父親も仕事で留守にしていて、だらだらと暑い日。
ベランダと玄関のドアを開けると、風がさーっと抜けていって、空気は熱いけどその風は気持ちがよかった。
団地の6階に住んでいたので、そんなに窓全開にしても、虫が入ってくることもなく、今思えばよかったなあ~。
いつも寝坊していたラジオ体操
夏休みは毎日団地の目の前の広場でラジオ体操が行われていた。
団地の棟ごとに子ども達が並ぶ。
私はいつも寝坊組みで、列の一番後ろに、「ラジオ体操第一~!」の声が響く中こそこそと列に並ぶ。
広場の階段は、列の前にあるので、寝坊したことはばればれなんだけど、毎日嫌だなあと思いつつ、朝6時半に間に合うように起きることはできなかった。
朝寝坊は、あの頃の私の「日常」だった。
ラジオ体操に間に合った日も間に合わなかった日も、一日中だらだらと過ごすことには変わりがない。
夏休みの宿題
今、子どもたちの夏休みの宿題の多さに辟易しているけれど、私が小学校の頃は
・プリント20枚くらい
・自由工作
・プールに何回か通う
くらいの宿題しかなかったと思う。
プリント類はもらったから3日間くらいで終わらせるタイプ。終わりが見えているものは取り掛かりやすい。
自由工作は縫い物でも工作でもよかったので、適当に人形的なものを作っていた気がする。一度、いろんなマンホールの写真を取って集めて提出するということをしたことがあるが、使い捨てカメラで全然上手に撮れず、使える写真が半分くらいだったことがある。
せっかく収集するために母親に付き合ってもらったのに出来上がった写真を見てがっかりした。
プールに通うのがいやで仕方なかった。
泳げない方だったし、泳ぐのも嫌い。
最低○回来なさい、というその最低回数だけ通った。
おばあちゃんち
夏休みの間は、友達と遊ぶことも少なかった。私自身も母親の実家へ1週間くらい行っていた。親は仕事があるので、姉と二人で、東京の地下鉄を乗り継いでおばあちゃんの家へ行った。小学生二人(小4&小1の頃から)なのにすごい。何がすごいって、姉がすごい。私は姉のことはこの件があって、一生頭が上がらないと思っている。
東京の地下鉄で行けるところにあるということでお分かりかと思うが、いわゆる「いなか」がなかった私。
東京に住み、おばあちゃんちも東京。
いなかってなんだろう???
という感じだった。
今、自分が住んでいる場所があの頃私が思い描いた「きっと田舎ってこういう場所」に当たる。
私の子ども達は「田舎に帰る」と言って、ここに帰ってくるのだろう。(夫のリタイヤ後もここに住んでれば、の話だけど)
こうして振り返ってみると、小学生の頃の夏休み中の私はかなりだらだらと過ごしていて、今自分が子どもたちに求めているような生活は一切していなかった。高望みしすぎだろう・・・。
私の子どもの頃の夏休みを子ども達が見たら絶対に「ママずるい!」となるにちがいない。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?