相手との距離感
―中尾
澁澤さんは新しく出会った人と、この人はここまで話してよいかな、ここまでの距離かなって考えることあります?
―澁澤
あんまりなくてね。無意識にやっているんだと思いますよ。
―中尾
無意識ですか。でもやってますか?
―澁澤
たぶんね。確実にやっていると思います。例えば、私は何年も会社や団体の面接官をやっていますよね。
それで思うことは、最初の3分でほとんどわかるということなんですよ。ということはね、私がそれを無意識にやっているということなんですよ。
―中尾
なるほど。
それは、見た目、話し方、声、表情、醸し出す雰囲気…そんなことですよね。
―澁澤
何とも言えない、文字化できないものですよね。(笑)
―中尾
そう、感覚ですよね。感覚ってどうやって養われてこられたんでしょう。
―澁澤
わからないんですね。これも。あった瞬間にすごく柔らかいボールを投げかけられるような感覚を持つ人、それから硬い球が飛んでくるような人、斧を振るわれるような人ってあるんですよ。
―中尾
あります、あります。柔らかい中にも色々ありますよね。ものすごい情報量ですよね。
それをかなり短い時間で判断できるわけじゃないですか。
―澁澤
言語化する以前の感覚で判断しているんですよね。
―中尾
そうですよね。それってたぶん一種の才能だと思うんです。
それまでに身につけた、訓練してきたのかもしれませんけど、そういうものによって体の中に成立してきたものだと思うんですよね。それって、私は人に会った数にものすごく関係するかなと思っているんです。多くの人の情報が入っているわけですよね。それが無意識に自分の中で分類されているのかなという気がするのですが、そんなことでしょうか。
―澁澤
それもあるかもしれませんね。
私が一つ感じたのは、私は大学の農学部に入ったのですが、高校は普通高校から農学部に行ったわけです。そうすると、研究室に入って、うちの研究室は自分の実験材料は全部自分で栽培するというのが基本でしたから、昼間お天道様が高いうちはみんな畑に出ている。それで夜顕微鏡と向き合ったりとか、いろんな実験器具と向き合いながら仕事をするいというのが基本だったのですが、私と同じ材料を扱っている先輩が何人か同じ研究室にいらっしゃって、一緒に実験材料をつくるわけです。その人たちは農業高校出身で、もっと言うと農家のお子さんたち、私は普通高校。その先輩たちと全く同じ土を使って、全く同じ肥料設計で、全く同じ環境条件の中で植物を栽培しても、どんなことをしても農家のご子息たちには僕のつくったものは勝てないのです。見栄えも量も勢いも。これはね、圧倒的に感覚というか、植物や土と付き合ってきた、その量と時間だと思います。子供の頃からの感覚には勝てないなと思います。
―中尾
なるほど。それと同じということですね。でも、土のいじり方とか…
―澁澤
テクニックということもありますが、先輩たちに話を聞くとね、それよりもお前はちゃんと話をしていないとか、祈ってないだろうとか言われるわけです。
―中尾
なるほど。愛だ!愛ですよね。
私は相手に望んできました。たぶん人と付き合うときに、こうであってほしいと…それが祈りですよね。
―澁澤
そうですね。ポンとできる人と、できない人がいるんですよね。
―中尾
その違いってどこにあるんでしょうね。
私も自分は普通の当たり前の人間だと思っていたので、誰でもそうだと思っていたのですが、意外と違ったんですよね。
―澁澤
私が仕事上でいろいろお付き合いしてきた中で、中尾さんはとても距離を置かれる方ですよね。
―中尾
そうですか。
―澁澤
すごくフレンドリーというか、とても親しげな会話を最初からしてくださるんですけど、相手の懐の中にポンっと入ってお任せよという人間関係は絶対にしてこない人でしたね。
―中尾
そうかもしれません。
―澁澤
それが得意な人もいるんですよ。男女関係なく。
―中尾
でね、よくリーダー的というか引っ張っていく人って言われるんですけど、全然そんなことなくて、人間関係得意じゃなくて、全部一人で決めてるし、一人で行動しているし、だからできてきたように見えているだけで、大勢の人とみんなで一緒に何か作り上げたかというと、やっていないのですよ。みんな人とのお付き合いが上手だと言ってくれるんですけど、決める人がいて従う人がいればよいというものでもないし、人が生きていくうえで、他人を理解したら、その次どうするかをどう作って行けばよいコミュニティになるんだろうというのが、未だに私の迷うところなんです。
―澁澤
良い悪いではなく、それが個性なのでは?
―中尾
個性ですね、確かに。でもね、土とうまく付き合える距離感というのは結果が出るじゃないですか。それはわかりやすいですけど、人の心は動くのでそうはなりませんよね。ゴールが違ってしまうという難しさがありますよね。
―澁澤
だけど、私が最初に扱った植物は半年で結果が出ちゃうんですよ。だから失敗したことも半年で分かってしまうんですよ。
それから今森の仕事をしているでしょ。森って、種をまいてから千年くらいで結果が出るわけですよ。それから人間は今おっしゃったように絶えず変わっていくでしょ。動物も絶えず変わっていくけど人間ほど変わらないじゃない。みんな時間が違うじゃないですか、それを楽しむしかないんじゃないですかね。
―中尾
なるほど、良い悪いではないんですね。
私は関西の商売人の家で育って、子供の頃から損得勘定というか、お金で価値を考える、お金の使い方で人とのお付き合いが成立するというような、何でもお金で換算するような癖がついていたんです。
それが東京に来てみたら、人とのかかわり方や生きることの優先順位が違っていて、それまでの価値観を変えなければいけなくて、自分を更新しなければいけなかった。さらに北海道で地域づくりに参加すると、また、東京や大阪とは違った別の価値観があるわけですよね。
同じ日本でも土地によって価値観がそれぞれ違うし、その土地で暮らすには心と体を慣れさせることに精いっぱいで、違うことを認めて、それに合わせられるようになるまでにも時間が必要でした。私は全国を移動してほかの土地との違いを比較できたので、気づいたり、変わるきっかけもありましたけど、価値を共有する難しさをものすごく感じましたので、澁澤さんは全国を回られてどんなふうに地域づくりをされていらっしゃるのだろうっていうことを、ずっとお聞きしたかったんですけど。
―澁澤
難しさというのはなくて、逆にそういうコミュニティに行ったら、まさに世間師じゃないですけど、そういう話をする役だと思えば良いのではないですか?
―中尾
そういう話というのは?違うんだよってこと?
―澁澤
ちがうんだよ…ではなくて、こんなコミュニティもあるよ、こんな考えを持っている人たちもいるよ、あるいはこういう暮らしをしている人もいるよということを、昔の富山の薬売りではないですけど、それをお土産に置いていくくらいのつもりで良いのではないでしょうかね。
―中尾
なるほど。ニュートラルですね。
―澁澤
基本的にギアを入れても進むのはそこの土地の人たちですから、それは僕たちが、こっちが良いですからこっちに行きましょうという話ではないと思いますので、地域づくりではそうしていますね。コンサルタントという人たちは、「こっちに行ったら儲かりすよ、今の流行はこっちですよ」と言って商売をしている人たちですので、僕たちとの違いはその辺でしょうかね。
―中尾
今の話でいうと、私の場合は、これをしたら楽しかったよっていう方向にもっていくからややこしいんですね、きっと(笑)。儲かりもしないし何もないわけですよ。ただ、私の気持ち・感覚としては、こうしたら人は楽しいんじゃないかなと思うからこっちに引っ張っていこうと思ってしまうのですが、ここの人にとってそれは楽しいとは限らないということをものすごく学びました。
―澁澤
だけどね、自分が楽しくしていると周りは楽しいんですよ。
―中尾
そうですか?
―澁澤
どうもそうみたい。
だからそれは気にすることではないですよ。私、楽しいの楽しいのと言っていれば、みんなその周りでその話を聞くのが楽しいんですよ。
―中尾
良かった(笑)
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