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心の戻れるところ

―中尾
今日は影響を受けたものの話をしようかと思います。
私は映画が好きで、高校生の頃学校をさぼってよく映画を見に行ったんで
す。
あの頃は一日3本立ての映画館があって、今でいう名画というものをたくさん見たのですが、未だに私の中でのNO.1は10代からずーっと変わらないんです。

―澁澤
それは何ですか?

―中尾
それはね「追憶」という映画です。すっごく好きなんです。

―澁澤
私もね、大学3~4年生くらいですかね、酒と恋愛におぼれている時代に名画座に通いましたね。1週間に4~5本見ることがあって、その頃「追憶」を観たのはよく覚えています。

―中尾
そのあとも本当にたくさんの映画を観ましたけど、今も変わらず私の中のNo.1は「追憶」なんです。


―澁澤
何でですか?

―中尾
それはですね。もう100万回見たと思いますけど(笑)、うちにDVDもあって、節目というか、私は落ち込むことはないのですが、なんか腑に落ちないことがあったり、どうしてうまくいかないかな~と思うことがあった時とかに、それを観ます。

主人公のバーバラ・ストライザンドは苦学生で、アルバイトをしながら大学に通い、政治の活動家として、キャンパスの中ではビラをまいたり、演説したりという日々を送っています。ロバート・レッドフォードは上流階級のお坊ちゃまで、同じような境遇の仲間たちとそんなバーバラをからかいながら、でも好感をもって見ています。
真逆の暮らしをしている二人に共通しているのは、二人とも小説家を目指しているということ。
アルバイトをしながら演説をしたり、ビラをつくったり、言葉に埋もれ、思いも溢れる生活をしている彼女ですが、彼の文章には敵いません。とても悔しい思いをしつつも、純粋に彼の文章のすばらしさを認め、尊敬します。
彼女は彼にあこがれたまま卒業し、それぞれの道で大人になるのですが、ある夜、上司と立ち寄ったバーで彼に再会します。
彼は真っ白の軍服姿で酔っぱらってカウンターに凭れながら半分眠っています。
彼女はその彼を自分のアパートに連れて帰るのですが、彼は全く意識がなく、バーバラだということにも気づかないまま、ベッドにたどり着くと背中を向けて寝てしまいます。
彼女はそれでもドキドキしながら彼の隣に入り、彼の首の下に自分の手を入れて自分の方に向けようとします。その手に真っ赤なマニキュアが塗られていたのです!

―澁澤
はあ~、そうでしたか…

―中尾
はい。そうなんです。
その真っ赤なマニキュアが16歳の私には最高に美しかったんです。

―澁澤
第2次世界大戦の最中の話しですよね。
ロバートレッドフォードは確か将校でしたよね。
日本じゃ考えられないですよね。


―中尾
まったく考えられないことです。
そのマニキュアが生涯私に影響を与えたと言いますか、とにかく手だけはきれいに生きていこうと思いました!!
そんなことかって、思ったでしょ(笑)


―澁澤
そんなことか(笑)

―中尾
( ̄∇ ̄ハハハ…

―澁澤
あのね、僕があれを見たのはね、ちょうど付き合っていた女の子に振られた頃だったんですよ。やはり気の強い女の子でね、良いところのお坊ちゃんが気の強い女の子に振られたというシチュエーションが、何となく自分に重なって、何かとても良く覚えています。

―中尾
そうですか。
でね、二人は結婚するんですよ。結婚して、彼の書く小説を一番理解しているのは彼女なんです。結婚するんだけど、社会情勢に自分のやりたいことがやれなくなって、書きたいことが書けなくなって、彼は変わっていくんです。

―澁澤
映画監督でしたっけ?脚本家だったかな。

―中尾
映画の脚本を書き始めるんです。
その内容が、活動家の、正義感の強い彼女としては許せないわけですよ。
すごく好きなんだけど、世の中に迎合していく彼はどうしても許せない。
子供も生まれてものすごく幸せなのに、その正義感が勝っちゃうんです。
それで、結果別れるのです。
だけど、嫌いじゃないんですよ。
結婚とか、恋愛とか、人生とか、そういうことをこの映画で教えてもらったのです。

―澁澤
なるほど。
最後にね、彼女がまた活動家に戻って、ビラを配って演説しているところに彼が新しいパートナーと一緒に車で通って、ビラをもらっているシーンを覚えていますね。

―中尾
そうなの、それは、たまたまタクシーを降りたところで彼女を見つけるシーンなのですが、すごく懐かしくて引き寄せられるように近づいていくんです。
そこで久しぶりに再会するんですけど、彼は学生時代と変わらない彼女の姿を見て、あいかわらずだなというのがとてもうれしいんです。その時の彼の顔は、大学時代にキャンパスで彼女の演説を見ていた時と同じなの。
彼女も彼に会えたことがすごくうれしいんだけど、その後ろに奥さんがいてああ奥さんがいるのね…という感じでちょっと落胆するんです。
「娘は元気?」という彼の言葉に「あなたの娘なんだからきれいに決まってるじゃない」というおしゃれな会話があるんですよ。
それがね、なんてカッコイイ大人だろうと、私もこうありたいと思いました。自分の意思をしっかりもって生きられるような大人になりたいと。

―澁澤
なるほどね。確かに、「追憶」はよく覚えていますね。いい映画でしたよね。あの頃は良い映画がたくさんありましたね。
何となく思い出すのは、フランス映画は深いし、突っ込むんだけど、あまりに深くて見る方が疲れてしまう。その時にアメリカの西部劇ではなくて、新しいそういう映画がたくさん出て、そのあと「ジョーズ」だとか「スターウオーズ」とか、面白ければよいというエンターテイメント系の映画に代わってきて、それからあまり見なくなった気がしますね。

―中尾
なるほど。そうかもしれません。私はそれが16-7歳だったので、良い時に良い映画に出会えたと思います。

―澁澤
その当時はね、好きになれば結婚して家庭を持つんだと純粋に信じていた時代でしたから、好きっていうことと、家庭をもって一緒に暮らすということは違うんだということをあの映画で教わった気がしますね。
最期のロバートレッドフォードと二人が別れていく風景は、「好き」という思いはずーと残っていて、あるときぱっと顔を出すんだけど、家庭を持つという、もう一つの日常が流れていくものというのはどんどんどんどん変わっていく。変わらない思いと変わっていく現実みたいなことがあるんだなと気づかされたのがあの映画だったかもしれません。

―中尾
そう、そういうことですね。
だからね、年をとろうが、30代、40代、50代でいつ見ても戻れるんです。
原点に帰れるというか、「そうそう、そういうことなのよ」とか、「だから今私が思い込み過ぎているわけよ」とか、戻れる場所なのかな。

―澁澤
その戻れる場所を持てるというのは、人生に余裕ができますよね。
戻ってよい場所があると思えるのは、それは家庭なのかもしれないし、映画なのかもしれないし、あるいは人間関係なのかもしれないけど、しばらく別れていても全く昨日まで会っていたのと同じ雰囲気で会える人たちとか、そういう場だとかを持っていると、心に少しでも余裕ができて、人にやさしく対応することができるのかなと思いますね。

―中尾
そうですね。そのために、そういうところに戻ろうとする自分がいるのかもしれませんね。

―澁澤
戻ろうとして、日々変わっていく現実を戻ろうとすると、思い出話の中に話が行って、僕たちの年代というのは、そういう年代なんですね。ちょうど70歳になろうとする年代で、みんな現役から離れていくので、クラス会なんかに出ると、戻ろうとするわけですよ。一生懸命。時間をさかのぼって。

―中尾
それは、「楽しかった頃に」ということですか?

―澁澤
そういうことですね。それで場が盛り上がっていく雰囲気にどうしても入れないんですよ。

―中尾
そうですよね。澁澤さんはまだ先に向かっていますからね。

―澁澤
日々の仕事とか、先に向かっていて、先を考えなきゃいけない時にさっきの追憶じゃないですけど、変わらないものにはいつでも戻れる。決して後ろ向きではなくて、前向きの日々の生き方と、だけど心はここに戻るという安心感みたいなものを両方持つということは、人生にとっては豊かになっていく重要なことかもしれませんね。

―中尾
そうか… 映画はそういうことだったのかもしれませんね。

―澁澤
私も今お話をしながら初めて気づきましたけど、その時ふられた彼女の顔が思い浮かんだり、好きということと、一緒に生きていくということとは必ずしも同じことではないんだということに気づいた、その時の自分を見ているようですね(笑)

―中尾
よかった(笑)。
今日は私が影響を受けた「追憶」のお話をさせていただきました。


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