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鎮守の森とは

―中尾
今日は、鎮守の森というのは何かというお話をしたいと思います。
私がちんじゅの森というNPOを作って間もない頃なので、もう20年くらい前からなんですけど、お店で領収書の宛名を書いてもらうときに、「鎮守の森」っていうと、「真珠の森」って書くんですよ。なので、「真珠は海だよね」っていうと、「あ、そうですか」っていうんですけど、今度は「珍獣の森」になるんです(笑)
 
―澁澤
はあ、もう死語になりましたかね(笑)
 
―中尾
何回笑ったかわかりません。(笑)
なので、もう死語になりつつある「鎮守の森」についてお話したいなと思います。
最初にね、 NPOをつくるときに、東京都に「鎮守の森」という名前で申請したら、却下されたのです。「なぜですか?」と聞いてみたら、「宗教の言葉だから」と言われたんです。
漢字では「鎮守の森」って書くんですけど、私としては人々が集う場所というか、昔の童謡にもありましたけどお祭りで人々が集まるところというイメージでした。初詣やお宮参り、七五三など、日本人のほとんどの人が神社に行きますけど、それは宗教としての行事と思っているかというと、ほとんどの人はそうは思っていなくて、生活文化の一つで習慣として無意識に行っていることが多いと思うので、そんなことも話してみたのですが、どうしても通らなかったんです。だけど、このネーミングは死守したかったので、ひらがなにすることで、なんとか東京都にはOKをもらって無事に登録はできたのですが、そもそも、森には水があって、人は最初に水のあるところに住み始めるのですよね?
 
―澁澤
そうですね。集落ができるのは水のあるところですね。
 
―中尾
水があって、森には木がある。木は材木になって、家を建てられて、キノコや木の実などの食べものがあって、植物は薬にもなるし、木の皮や植物は繊維にもなって身につけるものも作れます。
 
―澁澤
まあ、エネルギーが一番大きいですね。火を焚かないと暮らせませんからね。
 
―中尾
はい。火も焚くし、要するに衣食住という、人が生きるうえで必要なものをすべて与えてくれる森には神様がいると昔の人は思ったと思うのです。そこで暮らすということは、森に守られて暮らすわけで、その森を切り開いて田んぼや畑をつくった時にはその隅に必ずその森の一部を残して、自然を切り開いたことを忘れないようにと、祈る場所としたのだよと、ご遷宮の時に神社の方とかいろんな方に教わって、なるほどと思いました。全国どこに行っても必ずこんもりとした鎮守の森があるのはそういうことだったと知って、この「鎮守の森」という名前だけは絶対譲れなかったのです。
 
―澁澤
昔の人はね、「鎮守府」とか言って、軍隊が置かれた場所を鎮守といったのですよ。だから軍隊経験のある人は、鎮守の森という言葉に抵抗があったでしょうね。
 
―中尾
なるほど。そういえば、はじめてちんじゅの森コンサートをするときに、その時の出演者の方が、全国をキャンペーンして回りたいとおっしゃったんです。それで、森づくりのための「鎮守の森チャリティコンサート」(1回目は漢字表記でした)を知ってもらうために全国をキャンペーンして回る良い方法はないかなと思っていろんな方に相談したところ、ある団体の方から、沖縄県にマングローブの植林に行くツアーがあるので、そこに同行しませんかと誘っていただいたんです。「東京から植林に行くツアーなので、昼間に植林をして、夜はその方たちのためにコンサートをするというのはどうですか?」と。すっごくありがたいと思って、その場でお受けしました。それが西表島だったのです。
 
―澁澤
まあ、なかなか濃いところに行かれましたね。
 
―中尾
そうですね。 私は初めての沖縄だったのです。何にも勉強しないで、何にも知らないで、ホイホイ乗っかっていきました。
で、現地の方たちにも来ていただきたくて、着いたらすぐに会場の近辺を回って、「私たち、夜にちんじゅの森というコンサートをやるので、ぜひ地元の皆さんにもお越しいただきたい」とお誘いしたのですが、どうも受け入れられてないなあという冷たい空気を感じて、案内をしてくださった方にその話をしたら、「沖縄に鎮守の森なんてありません」と言われて、びっくりしたんです。実際、その夜は地元の方はお見えになりませんでした。明らかに、私の勉強不足でした。今思えば、ものすごい抵抗があったのでしょうね。
 
―澁澤
そりゃあもう、沖縄の方は鎮守の森と言えば即軍隊、日本軍をイメージしますから、それは抵抗があったでしょうね。
 
―中尾
というわけで、始まりから頭を打ったんです。なんて浅はかだったのかと。それから、改めて「鎮守の森」ってなんだとか、私も耳学問ばかりで自分で調べることもなかったので、まず姿勢が間違っていたと反省して、それから自分なりに理解をして、國學院の先生や宗教学者の方や、神社の方たちに、この言い方で間違っていませんかとか確認しながら、自分の言葉でわかりやすく伝えられるようにしたのですが、知れば知るほどこういう活動をするときには、いろんな捉え方があることを知り、それぞれに配慮しなければいけなかったことを痛感して、沖縄の歴史に心を寄せていなかったこともすごく反省しました。
 
―澁澤
まあ、信じる信じないは別として、もしも神様というものが存在するならば、中尾さんに鎮守の森の意味をちゃんと理解させるために西表島に連れて行ったかもしれませんね。
 
―中尾
今はそう思います。しょっぱなからつまづきましたから。それ以来、ちゃんと考えて、言葉を選ぶようになりました。
 
―澁澤
世界的に見れば、とても変わった森なんですよ。
そこに神様がいるわけではないのです。そこに神様がいるのだと、ほとんどの人が思っているんですけど、そこは拝み場所なんですよね。さっき中尾さんが触れられたように、人間は周辺の自然の中で生かされてきたと、日本人は思っています。だから周辺の自然のリズムや成り立ちの仕組みに自分の暮らしを合わせていくことによって、食べ物やエネルギーや水などを得ることができるんだ。人間の勝手で自然を利用すると、必ずしっぺ返しが来る。だから、周辺の自然を壊さずに、まさにそこに畏敬の念を持ち、そこに感謝の念を持って暮らしていこうというのが鎮守の森。
ヨーロッパの人から見たら、当然、神様がいる場所を祀っているんでしょと思うのです。ところが、そこはあくまでも祈りの場所であって、祈りの対象はその集落の周辺にある森だとか泉だとか海だとか…。そこに神様がいるという発想はヨーロッパや欧米の人たちから見たら、それはとても珍しいというか、なかなか理解しにくいでしょうね。どうやって祈ったらよいかもわからないでしょうね。
 
―中尾
そうでしょうね。それが日本人独特の感性ですよね。
 
―澁澤
仏教も神道も、それこそ仏教でいう「自他利行」というのもそこに通じるのかもしれないし、すべてのことに神の存在を感じながら、そちらに自分を合わせて生きていく、まさに日本人らしい祈り方だと思いますね。
 
―中尾
私の学校は親鸞聖人の学校でしたけど、全然写経をしても親しみを感じなくて、勉強していなかったこともありますけど、「自然に神が宿る」とか、「生かされている」とか、「感謝」とか、「私だけで生きているわけじゃないな」とかいうことがとても腑に落ちたんですよね。
 
―澁澤
良かったですね、それは。教えられましたね。
 
―中尾
自分の中に、信じるものがあればよいと気づけたのも、自然に生かされているという、鎮守の森の本来の意味を知った時でした。
 
―澁澤
本当はその部分って今の時代に必要かもしれないんですよね。
これからグローバル社会になって、世界が結ばれた時に、日本人がアイデンティティとして誇れるのは、そこが一番大きいと私は思いますけどね。
 
―中尾
そう、大事ですよね。祈る場所はどこだっていいと思うんですけど、長い間人々が祈ってきた場所ってやっぱりなにか違うんですよね。
 
―澁澤
思いの積み重ねというか、なんといっても、水が得やすくて、エネルギーが得られて、一番住みよい場所に神社は祀られていますよね。津波もそこまでは来なくて、安全な場所でもあります。
 
―中尾
やはり守られている場所なんですよね。
 
―澁澤
森というのは、日本人の感覚でいうと守られているという感覚がありますよね。だけど森のことを例えばインドネシア語でどういうか、あるいはほかの言語・スペイン語でどういうかというと、必ずしも守られているというニュアンスの言葉ではなくて、むしろ悪魔が住んでいるというニュアンスの言葉になる場合もあるんですよ。
ですから、鎮守の森、私たちが自然の中で、私たちもそこに守られているんだという、母の懐に入るみたいな感覚というのはとても素晴らしい感覚だと私は思います。
 
―中尾
私は、祈り=感謝なのが日本独特だと思っています。本来、宗教はすがる思いで「神様、助けて」ということが多いと思うのですが、日本人は「生かしてくれてありがとう」という感謝ですよね。この感覚が好きなんです。
 
―澁澤
その感覚が良いですね。
 
―中尾
なので、やはり鎮守の森は良いんだよということを伝えられると良いなと思います。
 
―澁澤
そうですね。そういうようなことを言葉に表すのはとても難しい概念ですね。
 
―中尾
でも、感覚で今後も受け取っていける民族でありたいなと思います。
 
―澁澤
これはオンラインではなかなか伝わらない感覚ですね。
 
―中尾
そうなの。その場所が大事なんです。暮らしているすぐ傍の、普段気づかずに過ごしている場所が。
 
―澁澤
皆さんも方々の神社の鎮守の森に立った時に、そこで感じる感覚が、全部違うということを経験されると、人生が豊かになるかもしれませんね。

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