日本型のソフトなアレのこと!www
「姫は、中世から近世、近代のファシズムのようなことも見てこられたんですよね。」
「個々のことについては、歴史的な検証を専門家がしてくれると思うから、余計なことは言わんぞ!」
「じゃあ、何ならお話しできますか???」
「そうじゃな???日本型のソフトなファシズムについてなんて話を語るかな???」
「社会学なんかでは、様々な検証がありますよね。」
「ま、プロのそれはそれとして、本気で興味がある若い人がいれば、きちんと順を踏んで、積み上げながら、勉強すると良いぞ!」
「ということで、ただのお話ですね!」
「そうじゃな、えっとな、例えば、第二次大戦中のドイツのナチスやイタリアのムッソリーニのファシスト党などはな、割と強制力を具体的に伴って、強制収容所なども具体的にあって、わかりやすく、犯罪行為が明らかであったよなぁ・・・。」
「日本型というのは、もっと、空気読め!型程度のものですよね。」
「いや、欧米でも、その程度のものもあるんじゃけど、まあ、気がついた人は、割とすぐに、距離をおけるし、反対意見も言いやすい。」
「日本は、歴史や伝統のいい面でもあるんだけども、ってことですか?」
「どんな物事にも、裏と表がある。」
「”組織一丸となって!””アットホームな雰囲気”でやって行こうというのは、もろ刃の剣でな。日本では、ここにしばしばソフトなファシズムが芽生える。」
「組織の出入りが不自由ですよね。」
「それを利用しているクレバーなリーダーも多いしなぁ・・・。」
「ボランティアなんかでも、アメリカやドイツなんかだと、ボランティアなんだから、各人、できる範囲で、できることをしましょうね!っていう雰囲気を意識的に維持しようとする。」
「この国だと、やっぱり、毎日きている人たちが、”雰囲気”を作り出して、なんとか仕事のやりくりをして、週、2、3回なんとかやってくれている人がやりにくい雰囲気になったりしますね!」
「で、やんわりと意見を言ったりすると、KYだの、『みんな我慢しているんだから、あなたわがままよ!』とか、なりがちだろ。」
「本当は、リーダーがそういう雰囲気にならないように、気を配らないとボランティア団体なんて、成り立たない。」
「この国では、そこが難しいんじゃよな・・・。」
「もちろん、そのレベルのいざこざは、欧米でもあるようですけどね。そこはなんとかしないとボランティア組織として成り立たないっていう認識があるから、必要以上におおごとにならないように気をつけようとしますね。」
「日本では、奥様同士の殺人事件とかになりかねないよなぁ・・・」
「難しいですね。文化伝統には、良い面もあるので、特になぁ・・・。」
「前の大戦中でも、町内で竹槍訓練している人たちに、おにぎり握って差し入れしている奥様団体があると、彼女のたちには、ファシズムに加担しているという認識がない。」
「私は、そのような行為に参加しない!って言えないですしね・・・。」
「そうそう、『皆、一丸となって強敵に立ち向かっているときに、お前はなんだ!』とかなりがちで、これはソフトなファシズムのはじめの一歩じゃな!!!w」
「ドイツでは、ユダヤ人に好意的な人もいたし、差別の詳細もはっきりしていた。」
「なんとなく、ソフトに進むけど、誰も、逆らえなくなって行くんですよね。この国。」
「それも、同じ日本人同士とか、隣国の仲間まで巻き込んで、ソフトにファシズムが進行する。」
「この辺、欧米人には、ものすごくわかりにくいみたいですね!」
「彼らの差別には、民族や人種など、はっきりした違いに基く、陽的な差別があったからな!」
「この島では、すべてが陰湿に進みますね!」
「そのこと自体は、なかなか変わらんよ。色々、こっそり決めて行くほうが意思決定が早くて、コスト減にもなりうるしな。うまく回っている限りはそれの方が良いこともあるからな。」
「どう変えて行くかにもかなり慎重な考え方が必要ですよね。」
「変えようと言っている人たちの組織が、彼らが敵視しているものとそっくりのファッショ団体になって行ったりする。」
「連合赤軍とか、まさにそうでしたね!www」
「ま、具体例には言及せん。いまでは、様々な研究書物や一般書もあるしな。」
「少なくとも、職場の組織などは、ある程度ドライで職能に特化して役目を淡々と果たすほうが良いこともあるんでしょうね。」
「そじゃな!w」
「ある程度うまく回り始めたら、前回までに何度か話したみたいに、トップは、調整役に徹したほうがうまく行く。」
「日本の総理大臣ってまさにそれ!専権事項は、内閣の組閣と衆議院の解散権くらいのものです。」
「あとは、ボトムアップで、上がってきたものを調整する。」
「ローマ帝国のカエサルの演説はなじまないんですよね。」
「うまくやれれば良いはずだけど、倭国の五王(讃・珍・済・興・武)の武の親政、天智・天武朝の内乱時の親政、後醍醐の親政、そして、明治政府から昭和の軍部暴走まで、中央集権を目指すと、この国ではろくなことがない。」
「指導部が、”雰囲気”さえ作れば、誰も文句言えないこの国の習性をうまく利用するからですね!」
「”雰囲気”だけだから、はっきりとクーデターのようなことも起きないし。」
「五・一五や二・二六なんかも、考えてみれば、明治後の中央集権、専制政治の歪みを、この国では珍しくちゃんと正そうとした連中とも見える。」
「だいたい、あーゆー風なはっきりとした対立にならないんじゃよね。この国では伝統的に。だいたいが、”会議”という名の”雰囲気”が全てをなんとなく決定して行く。」
「特に、江戸時代の平和はそのような習性の上に封建制をうまくひいた家康の知恵ってことか。」
「その代わり、身内や地域で、ぐちゃぐちゃごちゃごちゃとした”諍い”は耐えないよ。」
「ま、しかし、殺し合いになるよりは・・・」
「マシじゃな。」
「というわけで、殺し合いになるような対立は避けつつ、空気読め!ってことですか?」
「ロシアとウクライナみたいになるよりはな、マシじゃろ!?!?!」
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