小説メモ

描きためている小説の冒頭とかを適当に打ち込んでいきます。とりあえず話が膨らんだ順に書けたらいいなーとか。


 午後4時の暖かなオレンジの日差しが差し込んできていた。部屋を舞う埃をチリチリと照らす。本ばかりのこの空間に俺は伸びをすると体のあちこちの関節が鳴る。パソコンに長時間向かうのもきつくなってきたのは歳のせいだろうか。
 分厚い広辞苑の横に置いた瓶を取り、その中のラムネをいくつか口に含む。いつだったか、それは薬をかきこんでいるように見えるからぎょっとするんだと英雄に言われた。まだ俺の心配をするだけ反抗期は来ていないことに親として一つ安堵する。親として...。
 スリープモードに入ったパソコンの黒くなった画面に自分の顔が反射している。後ろへまとめ上げた髪は細くしなやかに、目元と眉間に皺が深く刻まれるようになったと感じるこの頃だ。
 マウスを取って適当にクリックすると、パソコンは俺と英雄の二人を映す。その俺はほんの少しだけ今よりも肌にハリがあるように見えるし、英雄は大きい学ランの袖を余らせて、こけた頬の顔に硬い笑顔を作っていた。

父と息子。仮題「鉄の色が変わるとき」

 港はいつだって濃い藍色で、そこに立つ男の肌の白さを強調していた。煙草の煙は灰色の空に溶けていく。最近じゃ天気はずっと曇り。このくそったれな街にゃピッタリだ。毎年アナウンサーたちが異常気象を唱え始める7月はもったりと重くうざったい熱気で俺たちを包んでいた。
「大祐、今何を考えている」
「何って...…」
 妙なことだけど、そんなのとっくにこの男は知っているんじゃないかという気にいつもさせられる。一重と二重の目にはコバルトブルーの瞳二つが俺を見ていた。俺が知っている青よりも青らしいミステリアスな雰囲気を持つその目は俺のやましさも穢れも全て射貫かれている気になる。だから、最近はこの男の顔をよく見れない。
「狼谷さんのこと」
 俺の目の前の男、狼谷さんは煙草を咥える口の左端を歪めるようにして笑う。俺の答えの曖昧さを笑われたようだった。
 狼谷さんは俺から顔をそむけて海のずっと奥を見ながら煙草を吸う。少し硬そうに見える唇が煙草から離れると、煙をゆっくりと吐き出していく。
 ちょうどその頃、船が出港するらしく汽笛がボォーっと重く鳴った。この間抜けな音が暑さと相まって腹立たしい。だけど俺達の空間だけそんな暑さを全く無視したように長い沈黙が流れていた。狼谷さんのまとめた髪が海風で少し乱れている。その生え際に汗が浮かんでいるのが見えるのでやっぱりどうしようもなく夏だった。
 男相手に綺麗と思うのはおかしいことだろうか。俺はまるで美しい怪物に出会ったような、得も言えぬ畏怖を抱いていた。夏の暑さで気が狂ったのならどんなに良かったのだろう。だけど、こんな感覚はちょっとやそっとで生まれたものでもなく、元からそこにあったものを見つけたような懐かしささえあった。
 汽笛の音につられてウミネコもあたりで鳴いている。それは俺の沸き立つ心だった。

「霧笛」

 あんなものさえ見なけりゃ俺は呪われずにすんだのに。

 ちょうど真上に上った夏の日差しがじりじりと俺の肌を焼いていく。目の前にはだだっ広い田んぼに山々、後ろは何段も続く石階段。その上に神社があるきりで他にはコンビニも住宅も信号も何もない。横にずっと気が遠くなるほど続く道を辿ってもこの緑の風景から抜け出せないだろう。車の走る音なんかは全く感じられないし、聞こえるのはそこいらじゅうの蝉が織りなす鳴き声の合唱だけだ。祥子の住むこの村は、まさに田舎そのものであった。
「忠和さんどうもー」
 真っすぐ見える道に小さく祥子がいた。陽炎でその像がゆらゆらと揺れて可笑しさと奇妙さを纏った妖怪みたいだ。その隣に祥子の子供なのだろうか、男の子がいた。
 そんな小さく見えるくらいの距離からここまで声が聞こえるのだから、声をそれなりに張っていることになるが、こんな環境であれば誰の迷惑も恥じらいも無い。それに応えるには人生のほとんどを高層ビルに見守られながら育ってきた俺は気恥ずかしく、片手をあげて祥子のもとに歩く。
 祥子は俺の肩に両手を当てて、
「よく東京まできたねぇ。あっちからここまでじゃ遠かったでしょう。忠和さんと会うのは正月の本家の集まり以来かしら…。暑いでしょう、早く家に行きましょう」
 矢継ぎ早に俺に話しかけると、答える間も無く後ろの階段を昇って行った。俺としてはいちいちどんな理由でここに来たのかなんて答えなくてすんでよかった。親戚づてに赴いただけ話は回っているだろうし、祥子も俺に配慮しているんだろう。しかし俺は祥子の話す内容よりも俺は別のことに目がいっていた。
「君、そんな恰好で暑くないのか?」
 祥子と一緒に来た男の子は黒の詰襟を首までぴっしりとボタンを留めて着ていた。中学生くらいだろうか、カールした長い癖毛から見える切れ長の瞳に色白の彼は不思議とその暑さなんてものは感じないのではないかという薄気味悪ささえある。
「ああ、天胤は寒がりなのよ。まあいつもこんなだから気にしないで」
 先を行く祥子が振り返ってそう言うとまたさっさと階段を上り始めた。天胤は黙ってそれについていく。

「怨念」

「それでは、今日も聞かせてくれるかね?」
 彼は椅子にゆったりと背を預けてそう言います。
 彼の向かいにいるおかっぱ頭のその女性は、頷いて掌ほどの外装は濃い茶の木製でできた箱型オルゴールをポケットから取り出しました。そのオルゴールの蓋を開きゼンマイを回します。箱の中には金属の円筒についた突起を弾く櫛状の金属...シリンダー・オルゴールとプラスチックでできたドレスを身に纏ったお姫様が回る台座につけられています。
 室内にカチカチとゼンマイの回る音が静かに響くなか、彼女は隅に置いた縦30センチ横と高さ10センチほどの細長い木箱を何回か見ました。
 指を離すと、オルゴールの音色がもの悲しく響きお姫様はくるくると踊り始めます。そうして彼女はゆっくりとした口調で話し始めました。

 ある一軒の赤いレンガ作りの家がありました。家の後ろには公園、正面は道路を挟んで家がいくつもあります。ここはちょうど学校の通学路で、朝になると子供たちの楽しげな声が私を起こすのです。

「回し車の中で」

 真っ白な部屋の壁に私の血が飛び散っている。もう一度頬を強く叩かれると視界は天井と私に馬乗りになって見下ろす彼がいる。白の天井と逆光を受けた彼とで強いコントラストを作っていた。彼の白い制服にも私の血がついているので、もう落ちないんじゃないかと思ったが彼は家事全般ができるので、きっと明日になればまた元通りになるんだろう。
 黒緑のウルフカットの隙間から見える瞳は充血していて唇は固く閉じているがわなわなと震えて今にも泣きだしそうだった。私と目が合うと彼は力なくだらりと腕を下した。
「東くん。またそうやって中途半端に私を傷つけるの?」

「紺色の海」

 12時の昼休憩チャイムが鳴る頃に私は数枚の課題プリントとお弁当を持って教室を出る。どこの階も授業から解放されたひと時の自由で生徒は賑やかだが、1階の、それも突き当りに理科室のある方へ行けば行くほど人の活気など消え失せていく。
 その何とも言えない陰気な廊下の途中にある保健室。ドアに「教員外出中」と書かれラミネートされたものが下がっていた。中に彼しかいないだろうと思っても一応数回ノックしてから入る。
「...もうお昼?ごはん食べよー」
 彼は私のドアのノック音で起きたのか、机に突っ伏していたところから起き上がり伸びをしていた。赤くざんばらに切った髪の毛はあちこちにはねている。淡い緑色のカーテンや白いベッド、無機質な医療器具、それらの空間の真ん中にいるその赤毛はひと際目立つ。
「寝てたの?」
「イブ寝てたけど待ってたよ」
 私は伊武くんの不思議な回答を聞きながらベッド横にある机をがたがたと運んで伊武くんの机につける。
「でもなんで寝てたって分かったの?イブのテレパシーが通じてるのかな」
「寝ぐせついているし、さっき伸びてるの見たらそう思うよ」
「じゃー撫でて」
 伊武くんは会話が素っ頓狂に飛んでいくことが多かった。でも私もそういう流れは嫌いじゃないし、勝手気ままに話してくれている方が話上手じゃないぶんありがたい。

「カラフルな逃避」

『別れて。さようなら』
 俺が何か言う前に携帯は切れてしまった。
 飛行機が俺の真上を飛んでいく。
キーーーーーーーーーーーンンン......
 グワングワンと空中に響いて、ただその音だけがやけにクリアに聞こえた。俺はただ立ち尽くす。街中の誰かの話し声や歩く人なんて当たり前だけど、全部他人ごとでしかない。アイスクリームが溶けて俺の手に伝うので、暑いことを思い出した。俺は全ての事象が夢のように映る。それならどんなにいいんだろうか。
 でも確かに最初からこれが現実だった。君に出会ってから毎日の事象は俺のためにあるんじゃないかと思えるくらい全てが鮮やかに輝いているように見えていた、それだけの事。
 ピンクのイチゴアイスがぼとりと足元に落ちた。


 ピピピピピピ......
「ん...」
 耳元でけたたましく鳴る目覚まし時計を止める。本当は鳴りだす前から起きていた。もう俺が早く起きて坂道の看板で君を待つ必要なんてないのに。
 それでも制服に着替えてトーストをセットするのは学校生活を理由に惰性でずっと過ごしている。

「魔法が解けたら」

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