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手鏡日録:2024年3月1日

今の職場は喫煙者が多い。
かつて喫煙者だった私も、抗しがたい口唇欲求とニコチンへの渇望には覚えがあるので、いつの間にか自席から遊離している同僚たちを白い目で見るようなことはしていない(はず)。
今日も「ちょっと見回りに行ってきます」と気怠く廊下に消えていくニコチン依存症者たちの後ろ姿を、あたたかく見守っている。
今のところスリップしていないのは幸いだが、これまで喫煙行動のストッパーになってくれたのは、喫煙時代の好ましからざる記憶だった。

学生時代のこと。
私の所属していたサークルには部室が割り当てられていて、ふだんは部員たちの溜まり場になっていた。
大学は長い春休みに入り、そのとき部室には私と、同級生Aの2人だけだった。
どうしてそうなったのかは覚えていないが、Aが自身の「悩み事」を打ち明ける流れになった。
その「悩み事」はこうだった。Aの学科の友人で、Bというのがいた。友人Bは、一学年下の後輩Cと付き合っていた。ある時よりAは、後輩CからBとの交際の悩みを相談されるようになったが、そのうちAと後輩Cは男女の関係になってしまった。このままでは、友人Bとの関係上もまずいのではと思っている、というもの。
Aのそれは「悩み事」の体を取りながらも、後輩Cにさみしい思いをさせるなど原因をつくった友人Bにも落ち度がある、後輩Cからは「Aと付き合えばよかった」と言われた、後輩Cもなかなか強引にAに迫ってきたので拒めなかった、など、自己弁護を重ねて逃げ道を確保している。自分は悪くない、という結論に向かって、パイプ椅子の上で身体をこまかく揺らしながら、Aは語り続けた。悩んでいるというわりに、友人Bに対して優越的な立場であることをことばの端々にちらちら窺わせてくる。なんとも醜怪な物語。
そのAに向き合って、布地の擦り切れたソファに身を沈めた私は、マイルドセブンに火を点けた。別に吸いたいわけではなかった。
ふーん、と気のない相槌を、それとは気取られないように返し、長くなった煙草の灰をはたき落とす。薄っぺらいアルミの灰皿に積もった吸殻の上で、灰がぼろりと崩れる。その瞬間、むっとした不快感がはっきりと込み上がってきた。
ひんやりと湿り気を帯びた部室の空気のなか、食道の内側をざわざわさせる嫌な感じ。
言語化しようと思えばできそうなこの感覚をことばにする代わりに、苦い紫煙をもわりと吐き出した。ごく自然なかたちで、その後Aとは疎遠になった。
しらふでは最も忌まわしい喫煙体験。以来煙草を吸いたい衝動に駆られたら、このときのことを思い出すようにしていた。
禁煙して7年ほどになる今はもう、その記憶に頼る必要もなくなっている。

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