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手鏡日録:2024年3月19日

ときどき行くチェーンの喫茶店がある。
バイトも社員も、店員の顔を何となく覚えるくらいには通っている。そうは言っても、無駄話をするほどの距離感ではなく、あちらが当方をリピーターとして認識しているのかもよくわからない。
席に着くと、オーダーを取りに来た店員さんに見覚えがあった。以前はよく見かけたが、このところシフトに入っていなかったのか、久々に見る顔だ。
気付くのに間があったのは、その店員の髪色のせいだった。たしか前は黒髪を結わえていたと思うのだが、目の前のそれは薄めのピンク。ずいぶん似合っていたために違和感もなかった。
おぉ、春だしね。そう思って胸元の名札に目をやると、名札の上に「いちごフェア」の文字が。まさか、いちごフェアのためにいちごヘアにしたわけじゃないよな……。
その店員さんは、なんというか安定感のある接客でいつも居心地よく過ごさせてもらえるのだが、今日もまた短い時間をくつろぐことができた。
帰り際、レジで会計をしてくれたも同じ店員さんだった。スタンプカードをいつもより多く押してくれるので不思議に思っていると、おもむろに
「私、実は三月いっぱいまでなんです」
と言い出した。
これまで最低限のやり取りしかなかったので、突然の一言に少々面食らったが、え、そうなんですか?!とかろうじて反応すると、
「四月から就職で」
と教えてくれた。
なるほど、それで。おめでとうございます。じゃあ髪の毛はやっぱりいちごフェアのためじゃなかったですね、と同行者が思わず口走ってしまう。
「お店のオススメに合わせてくスタイルwww」
楽しそうに笑うのを見るのも初めてだった。若い人って、話し言葉でも語尾にwww付けるんだな、と思った。
「いつも来てくださいましたよね。今までありがとうございました」
一転して礼儀正しく挨拶する店員さんは、いつもの安定感を纏っていた。
社会人になったらできない髪色にしてみるというのだって、ある意味生真面目さのあらわれだろう。きっとこの人なら、どんな職場でも力を発揮できるんじゃないだろうか。ブラックな会社でないといいけど。
いろんな意味で春らしい。どうか、楽しいことの多い社会人生活になりますように。

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