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第5章 子作りも大変

第1話 子供が欲しい……


「早紀、子供欲しいよね」

「そうだね」

 しかし、翔と早紀はこれだけ仲が良いのに、まだ一度もセックスをした事がなかった。子供を作るにはセックスしなければならない。

「ちょっとためしてみよう」

 翔の指が早紀の下半身に触れる。

 甘美な刺激に、体が反応してしまう。

「あ…いや」

 言葉では拒否するものの、体は素直だ。

「こんなに濡れてるのに?」

「ダメ……」

 翔は早紀の愛液を指にからめ、その一番敏感な突起にかるく触れた。

「んっ」

 思わず悦びの声が漏れる。

「もう我慢出来ない……はやく来て」

 体が熱い。

 翔は何度も早紀にキスをした。

「愛してるよ。早紀」

「私も」

 二人は一つになった。

「あン……気持ちいい」

「好き……」

 早紀は翔の首に腕を回し、何度もキスをする。

 はじめはソフトに動かしていたその腰が、徐々に激しくなっていく。

「イクっ!」

 早紀は少しほほを赤らめてそう言った。汗びっしょりだ。やはりセックスは早紀の負担が大きそうだ。

「早紀、身体は大丈夫?」

「うん。まだ全然大丈夫」

「じゃあ続けよっか」

「そうだね」

 ところがだ。翔はいつまでたっても一向にイクことができない。

 もちろん気持ちいいのであるが、なぜか射精まで持っていけない。

 そして、早紀が4回目に達した後だ。

「翔、まだイケないの?」

 翔は、早紀からこんな事を言われてしまった。

「このままだと腰痛になりそう。なぜかイけないんだ」

「そしたら今度は私が上になるね」

 体位を騎乗位に変えて、今度は早紀が腰を振った。

 それでもやっぱり射精までいかなかった。

 翔はかなりの「遅漏」だった。

「今度は私が腰痛になりそう。困ったな。どうしよっか」

 翔も早紀も、セックスがうまくいかないとは思っていなかった。


 その後も翔と早紀は、何度かセックスにチャレンジしてみたが、うまくいかなかった。

 食生活も変えてみた。精力がつくと言われているものを食べたり。

 ある日、早紀はやはり精力をつける料理を探していた広瀬楓と出会う事となった。

 楓も早紀と同様に、精力のつく食べ物を相手に食べさせるという、食生活の改善で夜の生活を変えようと考えていたのである。

 似た境遇の二人は、すぐに意気投合した。

「ねぇ早紀さん、どんな食べ物を食べさせたら精力つくのかなあ」

「よく言われてるのがスッポンだけど、ちょっと料理しにくいよね」

「確かにね。牡蠣《かき》とかは?」

「いいんじゃない。調理し易いしね」

「こんなのどうかな? スパゲッティボンゴレってあるじゃん、あのアサリの代わりに牡蠣を入れるの」

「ナイスアイデア! あとはニンニクをマシマシにすればすごいの出来そう」

「それでいこう!」

「あとは食前にピスタチオと、オクラ入りのとろろを出せば完璧ね!」

「私達天才だよね!」

 早紀は、その日の晩ご飯で、早速「牡蠣入りボンゴレ・ニンニク増し」を作って出した。

「お~いいじゃんこれ。アサリよりも合うんじゃない?」

「でしょでしょ。これからは定期的にこれ食べよ。そしたらきっとセックス出来るようになるよ」

「そうだね。やっぱり子供欲しいし」

 だが、結局それだけでは夜の生活を改善するには至らなかった。

 やはり、重症の遅漏である翔は、早紀の中で達する事が出来ないのだ。


「困ったね。どうしようか?」

「そうだ、見せっこしてかなり高まってから入れればいいんだ」

「それいいかも」

 早紀は、翔の性感を高めるため、いつもよりも激しく敏感な豆をまさぐって見せつける。

「ン…」

 早紀は既にいつでも大丈夫な感じだ。

「ア……翔、どんなのがいいの……」

「道具は使わないで君の指だけでして……」

 早紀は目の前で椅子に座ってほんの少し脚を開くと、女の子一人だけの営みを開始した。

 翔はその姿にごくりと唾を飲み込んで凝視した。

 バイブもローターも何も使わず、ひたすら指だけでアソコを弄んでいた。

 少しづつ服を脱いで行って、いつのまにか下着1枚とグレーの地に水色のストライプのニーハイソックスだけしか身に着けていない。このニーハイは翔のリクエストだ。

 脚フェチの翔は、その姿だと特にそそるのだ。

 徐々に息が荒くそして早く変わっていく。時折交じる自然で小さなあえぎ声がとてもセクシーだ。

「ハッハッハッハッハッ……」

 しばらくすると早紀の顔が、激しくゆがんできた。客観的にはとても醜いのかもしれない。でも本当に綺麗だ。頬がほんのり赤く染まり、額には小粒の汗がうっすらと出てきている。そしてその後、汗は玉のようになって流れていく。とても気持ちよさそうだ。

 ふと翔が早紀の下着を見ると、信じられない量の愛液があふれているのだろう、くっきりとアソコの形が浮かび上がって濡れているのがわかる。

「気持ちいいの?」

「すっごく気持ちいい……」

 そしてついに下着をとった。身に着けているのはニーハイソックスのみ。

 早紀の股間にまるで花びらのようなアソコが姿を現した。その一番上の頂点をその形のいい中指と人差し指でひたすらいじりまくっている。

 リズミカルに、まるでピアノを弾くかのようにあざやかに。

「ううっ……」 

 早紀は小声で喜びの声を漏らした。

 翔もだんだん高まってきた。

「素敵だよ早紀……」

「アア……すごい……もうイキそう……いっぱい出して!」

「もうダメだ、そろそろ出る」

 翔と早紀は達する寸前で一つになった。

 ついに、早紀の奥深くに、翔と早紀の希望が放たれたのだ。

 早紀の中は、まるでスポイトのように翔の白いものを吸い込んだ。


◇◇◇◇◇◇


 読んでいただきありがとうございました。


 次の第2話は、やっと妊娠出来た早紀にピンチが! いったいどうなるのでしょうか? お楽しみに!


第2話 ああっ! 赤ちゃんが……

 翔と早紀は、ようやくセックスする事が出来、そのかいあって妊娠した。

「早紀、今日は病院に行く日だよね」

 妊娠が確定すれば、母子手帳をもらいに市役所に行かなければならない。

「ついに自分もお父さんになるのか」翔は喜んでいた。

「分かったらすぐ電話して。お祝いしよう。そしたらケーキ買ってくるから」

 早紀は出掛ける時に普段よりも注意しようと思った。ただでさえ持病で転びやすい身体なのだ。慎重に行動しなければ。

 翔は仕事中も結果が気になって仕方がない。仕事中ずっとスマホを机の上に置いて何度も確認した。

 おかしい。通知も着信も来ない。

 もしかして駄目だったのか。胸騒ぎがした。

「すみませんがお先に失礼します」

 翔は仕事が終わると、すぐに家に帰った。

 自宅の電気はついていた。もう戻っているはずだ。

「ただいま」

「おかえりなさい」

 早紀は平静を保っていたが、その表情には雲がかかっていた。

 なかなか口を開かない早紀に、翔はやさしく尋ねた。

「どうしたの? 何かあった?」

 早紀はやっと話し始めた。

「実はね……明後日から入院する事になったの」

「それって……」

「あとこれ見て」

 翔は早紀から渡された文書を見ると、同意書とあった。

「これにサインして」

「流産した」

「……そうだったんだ」

「心拍が確認出来なかったの」

「つらかったよな。良く話してくれた」

 翔は早紀をぎゅっと抱きしめた。

「明日から仕事休んで付き添うから元気出してよ」

 手術当日になった。翔は早紀が入院している個室に入った。

「おはよう。昨日は眠れた? 体調はどう?」

「大丈夫」

「僕はここで待ってるよ」

「じゃあ、行って来るね」

 早紀は振り返って笑顔を見せた。

 早紀はストレッチャーに乗せられて戻って来た。そしてベッドに移された。

 翔は看護師に聞いてみた。

「あの……手術はどうだったんですか?」

「上手く行きました」

「よかった。有難うございました」

 翔がお礼を伝えると、医師と看護師が退出した。

(こんなに望んでいるのに。色々努力もしてるのに)

 早紀が目を覚ました。

「目覚めたんだ」

「手術なら終わったよ。無事処置出来たって」

 早紀の目から涙が…

「泣きたかったら泣いていいんだよ」

 今回の流産は早紀のせいじゃない。

「今回の事は悲しかった。でも、早紀は妊娠出来る身体なんだという事が分かった。だから、何も心配いらない」

「そうだね」

「きっと、僕たちの赤ちゃんは来てくれるよ」

「当たり前じゃない」

「だったら僕と一緒に待とう。大丈夫だよ」

 しかし、その後も翔と早紀は、見せっことセックスの併用で子作りに励んだものの、なかなか妊娠しなかった。

 そんな中で、定期的に診てもらっていたPSASイクイク病の権威、鷺沼さぎぬま医師から今後の妊娠がかなり厳しい道である事を聞いた。

「早紀、君さえよければ鷺沼医師の所に一緒に行って、僕も話を聞きたい」

「本当? 一緒に来てくれるの」

「うん」

 翔はなるべく早紀の病状を知っておきたかったのだ。

「私の身体で妊娠する事に問題はないのでしょうか?」

 早紀は鷺沼医師に尋ねた。

「PSAS自体が妊娠を困難にするという症状はありません。ただ……」

「何でしょうか」

「PSASの症状や、その捉え方にはかなり個人差があります。早紀さんの場合、PSASの症状がかなりストレスになっているようです」

 やはり、早紀は感じやすい身体をかなり恥ずかしいと思っていたのだ。

「そのため、身体が衰弱しています。妊娠しにくいのはおそらくそれが原因かと思われます」

 鷺沼医師は更に続けた。

「それから……仮に妊娠出来たとしても、出産するのが難しいでしょう」

「そうなのですか?」

 早紀は、信じられないという表情で鷺沼医師を見つめながら言った。

「特に普通分娩は難しいですから、帝王切開になる可能性が高い事は知っておいてください」

 翔と早紀は、想像よりも厳しい現状に直面していた。

「早紀、物は考えようだ。鷺沼医師も決して妊娠や出産が無理とは言ってないじゃないか。また一緒に頑張ろう」

「そうだね。絶対諦めたくない」

「大丈夫。僕は、いつまででも付き合うよ」

 翔と早紀は、こんな時だからこそお互いに結束を強めようと考えていた。

◇◇◇◇◇◇

 読んでいただきありがとうございました。

 次の第3話は、流産してしまった早紀が、それでも諦めきれずに子作りにチャレンジします。いったいどうなるのでしょうか? お楽しみに!


第3話 涙の不妊治療


鷺沼医師は、PSASイクイク病だけでなく、不妊治療にも明るかった。

「実は不妊の原因の半分は男性側にあります」

「そうなのですか?」

「翔さんも検査される事をおすすめします」

「分かりました」

 鷺沼医師が、翔と早紀に検査結果を伝えた。

 早紀がなかなか妊娠しないのは、早紀の身体が弱っているだけではなかった。なんと翔の精液も精子の数が比較的少なく、これが妊娠しにくさにつながっていたのだ。

 翔は、自分にも早紀が妊娠しにくかった事の原因があった事に愕然とした。

 最初の妊娠は全く問題なく出来た事から、子作りを簡単に考えていたのである。セックスさえ出来れば大丈夫だと。

 翔と早紀は早速、不妊治療をする事にした。

 まずはタイミング法だ。タイミング法とは、妊娠しやすい最適な日時にセックスするタイミングを、医師が指導する事で妊娠を目指す方法である。

 何もせずに妊娠出来たのだから、医師の指導があれば大丈夫だろうと思っていた。

 ところが、タイミング法では上手く行かなかった。

 医師から「この日」と指示されても、どちらかの都合が悪かったり、体調が悪かったりでなかなか思い通りにいかない。

 一方では、コンドームをつけたり、オギノ式で危険日を避けていても簡単に妊娠してしまうカップルもいる訳だ。妊娠を望まない人達に限ってなぜか簡単に妊娠し、本当に望む人達はなかなか妊娠しないとは。皮肉なものである。

 通常ならばこの後人工授精へと進む。

 人工授精とは、細い管を使って子宮頸管を広げ、事前に採取しておいた精子を子宮の奥深くに注入する方法である。

 体外受精の採卵と比べてそれ程痛みがある訳ではないが、PSASの早紀にとってはかなりの負担となる治療だ。

 優秀なだけでなく良心的な鷺沼医師は、翔と早紀に「シリンジ法」と呼ばれる方法を伝え、やってみてはどうかとすすめた。

 シリンジ法とは、家庭内で男性がオナニーして採取した精子を、シリンジと呼ばれる針のない注射器のような器具を使って、女性が自ら腟内に注入する方法だ。

 自宅でできる負担の少ない妊活にんかつ(妊娠活動)方法として、性行為が難しい夫婦やタイミング法が上手く行かない場合の手段として、近年広まってきた方法である。

 妊娠するためには、排卵日の3日前から1日後までに毎日セックスしなければならない。しかし、忙しい現代人はなかなかそこまでの時間を確保するのが難しい。そこで、シリンジ法を使ってセックスしたのと同じ効果を求める。

 シリンジ法は、まず事前に体を清潔にする必要がある。膣に注入するため菌が心配だからである。

 次に男性がマスターベーションして、シャーレ等に射精を行う。

 翔と早紀は、もちろん見せっこで精液を採取した。

「……ア、アッ……」

「出るゥ……」

 その後、精液をシリンジで吸い上げる。精液は出してすぐはヌルヌルして吸い上げにくいため、しばらく放置してサラサラになるのを待つ。

 最後に、シリンジをゆっくり膣内に挿入し精液を注入すれば良い。

「翔、恥ずかしいからあっち向いてて」

「ねぇ早紀、こんな時に不謹慎なんだけど、入れる所見せて」

「え~もう! やだ! 本当エッチなんだから~」

「ゴメンね。でも見たい」

「遊びじゃないんだからね!」

「お願いっ」

「しょうがないな~」

 早紀は、翔の目の前でシリンジを中に……

「……ンンンっ……」

 PSAS はこの作業もかなりの刺激になって、症状が出る。もう少しの辛抱だ。がんばれ早紀。

 そんな真剣な早紀を、いやらしい目で見つめる翔。何やってるんだか。

(うわ~ひとりエッチよりそそる……なんて刺激的な声とポーズなんだ。でもここで早紀をはずかしめてはいけない。僕もしっかりしなければ。ここは我慢だ……うう苦しい……)

 シリンジ法は、翔や早紀のように、もともとセックスレスが常態であるカップルはもちろん、そうでないカップルでもとても使い勝手の良い手段であると言える。子作りのプレッシャーで不能になったりする場合もある。実は男性も意外とデリケートなのだ。

 更に、不妊治療には頻繁な通院が必要となるが、これが難しい場合にはシリンジ法と併用する事も可能。

 さて、いい事づくめに見えるシリンジ法であるが、欠点もある。

 男性の精子の運動能力が低かったり、精子に異常がある場合には使えないのだ。

 幸い、翔の精子は正常であった。

 ところが、残念ながらシリンジ法を何度か試してみても、妊娠する事が出来なかった。

 身体が冷えると妊娠しにくい、という事もふまえ、低体温にならないように注意したりもしたのであるが。

 やむを得ず、人工授精をする事になった。
(ここでいったいどんな治療を受けるのだろう。ただでさえ屈辱的なカッコをさせられて中を見られるなんて、とても恥ずかしいだろうな。ましてや早紀はPSAS だ。診察時にもあの症状に襲われて苦しむのだろうか。いやいや、あの鷺沼医師ならそのあたりの配慮もしっかりしてるだろう。大丈夫、大丈夫)

 翔は、早紀が受けるであろうショックを想像して心を痛めた。

 あっという間に、人工授精の結果を聞く日が来た。

 翔は早紀を出迎え、尋ねた。

「結果、どう」

「……」

「そっか」

 やはり駄目なようだ。

「ゴメン」

「君が謝る事じゃないよ」

「でも……」

「子供が出来ないのは早紀のせいじゃないから」

「それはそうだけど……」

 僅かな望みにかけて、タイミング法からつらい治療まで、様々な対策を続けてきた。

 子作りに必要な事だと思っていたからだ。

 ここまで試して駄目だとなると、次の手段は体外受精である。

 体外受精とは、採卵した卵子を培養液の中で確認し、採精した精子を卵子と一緒にして受精させる方法である。

 採卵とは、卵子を排卵日の直前に体外に取り出す事だ。言葉で言うのは簡単であるが、女性の身体への負担の大きな治療である。この採卵と同じ日に採精も行い、受精の準備を整えなければならない。

 男性は、女性のような痛みや身体への負担はないが、精神的に抵抗のある治療である。なにせ、病院で一人エッチして精子を出すのだから。

 体外受精には、更に体外受精と顕微授精の2つがある。

 体外受精は、シャーレ上で卵子と精子を出合わせる方法。精子が自ら卵子に侵入する事で受精が起こる。

 そしてこれが上手く行かない場合、顕微授精を行う。これは、顕微鏡下で、細いガラス管を用いて精子を卵子に注入し受精させる方法だ。

「早紀、大事な話があるんだ」

「何?」

「不妊治療、もうこれでやめよう」

「せっかくここまで来たのに?」

「諦めたわけじゃないよ。もちろん子供は欲しいけど。でもこれ以上君の身体に負担はかけられない」

「私なら大丈夫だから、心配しないで」

「僕が君と結婚したのは子供が欲しいからじゃない。君と同じ時を過ごしたかったから」

「私も同じだよ」

「君も僕も子供好きだから、早く子供を作らなきゃって焦ってた」

 翔は、早紀を抱きしめてささやいた。

「早紀、君と一緒になれただけで幸せだよ」

「翔……」

 早紀はそれまで我慢していた涙をこぼした。

「子供を諦めた訳じゃないからね。治療をやめるだけだから」

「そっか」

「自然に任せてみようよ。だって最初に妊娠した時は、何もしなくてもすぐ妊娠したじゃん。授かりものとは良く言ったもんだよ。きっとまた出来るよ」

「そうだね」

「第一、こんなプレッシャー感じたり、ストレスになるって変だと思わない? やりたいように自由にしてみよう」

「うん」

「もし、それでも駄目だったら仕方がない」

「今まで辛い思いしてくれてありがとう。明日から自然に任せて気楽に行こう」

「分かった。そうしよう」

◇◇◇◇◇◇

 読んでいただきありがとうございました。

 次の第4話は、ついに早紀が念願の妊娠! そして満を持してイブ登場! いったいどうなるのでしょうか? お楽しみに!


第4話 やっと妊娠出来たのに……


「翔、最近アレが来ないの。もしかしたら出来たかもしれない」

「それって……妊娠したって事?」

 翔は早紀に尋ねた。

「もしそうなら嬉しいけど」

「そうだね」

「病院行った?」

「まだ。検査薬買ってきた。一緒に見てくれない?」

 妊娠検査薬とは、妊娠しているかどうかを手軽に判定できる試薬の事。尿に含まれている妊娠ホルモンの濃度を測定する事で、妊娠しているかどうかを判断出来る。一般的なタイプだと、判定部分と終了部分の両方に線が表示されると陽性、判定部分に表示されず、終了部分にだけ線が表示されると陰性だ。

 早紀はトイレから出てきて、嬉しそうな顔で言った。

「線が2つ出てる。陽性ね。ここの所具合も悪かったから。多分つわりだと思う」

「やった! ついに子供出来たね。」

「あれだけ色々しても出来なかったのに、やめてすぐ出来るなんて分からないものだよね」

「早速病院行こう。僕も一緒に行ってあげる」

「ありがとう」

 かなり具合が悪そうだ。今日は見せっこは無理だな。

「ゴメン、私かなりつわりが酷いみたい。今日はちょっと見せっこ無理かな」

「いいよ。ずっとこうしていよう」

 翔は、早紀を強く抱きしめてささやいた。

 かなりつわりがひどいようで、相当辛そうだ。時々口を押さえて洗面所に行く。翔は早紀の背中をさすってあげた。

 後日、鷺沼医師の産婦人科医院へ行く。

 診察室に入っていく早紀。

 診察室から出てきた早紀の表情は希望に満ちていた。

「やっぱり妊娠してた。3か月だって」

「でかしたぞ早紀。ついに僕達の子供が出来たんだね」

「翔。私嬉しいよ」

 早紀の目からこぼれる涙。今回は嬉し涙だった。

 長きに渡る不妊治療の末、ようやく赤ちゃんを授かった早紀。

 喜びを感じるのもつかの間、つわりとマタニティブルーに襲われ、翔に辛く当たる早紀。

「男の人はいいよね。種を植え付けるだけだもんね」

「そんな言い方しなくてもいいじゃん」

 ある日、突然出血した早紀。

「翔、どうしよう…」

「すぐに病院へ行こう」

「出血、かなりひどいの?」

「うん。それと少しお腹が痛いの。前に流産した時と似た感じ」

 二人は、最悪の事態を想像した。心臓の鼓動が早まり、顔から血の気が引いていく。

「大丈夫。赤ちゃん絶対無事だよ」

「そうだといいけど」

 待合室で無事を祈る翔と早紀。診察室に呼ばれ、症状を伝えた。内診を受ける間も早紀は、不安で胸が張り裂けそうだった。

 鷺沼医師は内診台のカーテンを開け、早紀に向かってエコーの画面を指差した。

「原口さん、これ見えますか? 動いていますね」

「はい」

「赤ちゃんは大丈夫ですよ。順調ですよ」

「よかった」

「これくらいの出血は多くの妊婦さんが経験します。通常は妊娠の継続に影響はありません。ただ、気になる事があります」

「何でしょう?」

 鷺沼医師は、少々顔を曇らせて続けた。

「原口さん、早紀さんの体力は思ったよりも低下しています。このままでは妊娠の継続が難しいです」

 診察に同席していた翔が質問した。

「妊娠継続の可能性はどれくらいでしょうか?」

「今の所五分五分といった所です。つわりがひどい時期ですが、なんとか栄養をしっかり取って、体力を落とさないように注意してください」

「そうですか」

 しかし、もともと食欲不振で苦しんでいた早紀は、ひどいつわりで十分な栄養を摂取する事が難しかった。

「う~気持ち悪い。何も食べたくない。水を飲むのもきついの」

 早紀は、ベッドに倒れ込み、そのまま横になって布団にもぐり込んだ。

「気持ち悪い……さっきまで治まっていた吐き気がまた出てきた」

 早紀は、今までにない辛さを感じていた。

「翔、苦しい……オエッ、ゲホゲホ」

 早紀の吐き気はどんどん増し、我慢出来ずにベッドに吐いてしまった。

 食べていないから、吐くものもなく胃液を吐いていた。

「そんなに具合悪いの?」

「……」

 かなり顔色も悪い。このままでは妊娠を継続するのは難しい。

「僕が代われるのなら代わってあげたい。タツノオトシゴみたいに」

「ありがとう。そう言えばタツノオトシゴってオスが子供産むんだよね」

「そうそう」


 そんなある日。翔の前に、突如現れたかわいらしいマスコットのような女の子。大きさは手のひらサイズだ。ネコみたいな耳としっぽが生えている。

「な、なんだこれ。僕は夢でも見てるのかな?」

 その女の子は言った。

「ひっどーい。あたいの名はイブ。これでも神様なんだ。もうちょっと喜んでくれてもいいんじゃない」

「君が神様? 嘘だろ~」

「本当だよ」

「信じられない。ドッキリか何かじゃないの? 種明かししてよ」

「うたぐり深いなあ。あんた芸能人とかじゃないでしょ。ドッキリにかけられる事情がないじゃないの」

「本当に神様なら、僕の願いをかなえてくれるの? そしたら僕の妻が今妊娠してるんだけど、このままだと出産まで持ちこたえられないかもしれないんだ。だから君の力で無事出産出来るようにしてくれないかな」

「残念ながらそれは無理。人間達は神様と聞くとなんでもありのチートキャラを想像するみたいだけど、現実は厳しいの。かなり限られた能力しかないから。あたいは一生に一度だけ、男と女の身体を入れ替える事が出来る」

「そうなの?」

「あたいの知ってるある男の神様は、短時間だけど時間を遡らせる能力だけ持ってる」

「へー。神様ってそうなんだ」

「あとあたいらは、実は現実社会にたくさん存在してるんだ。普段は見えないだけ。とても強い願望を持った人間がいると、その願望によって実体を与えられる。あんたが女に生れたかったっていう、強い願望を持ったからあたいが生まれたって訳」

「そしたら本当に男女の身体を入れ替えてくれるの?」

「そう」

「お願いします。僕と妻の身体を入れ替えてください」

「いいけど、どうせならもっと面白い願いをかなえてあげる」

「面白い願い?」

「そう。興味ある?」

「もちろん」

 この時、イブは不敵な笑みを浮かべて翔を見つめていた。

◇◇◇◇◇◇

 読んでいただきありがとうございました。

 もし、翔と早紀夫婦に「おめでとう」なんて声をかけてみたい方は、ぜひ♡評価とフォローをお願いします。

 よろしければ、私のもう一つの長編小説「ひとり遊びの華と罠~俺がセックス出来なくなった甘く切ない理由」もお読みいただけると嬉しいです。

https://kakuyomu.jp/works/16816700429286397392

 次から第6章に入ります。第1話は、ツンデレのイブが翔にとんでもない提案をします。いったいどんな提案なのでしょうか? お楽しみに!

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