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じいちゃんの家とグーグルアース

年末になる少し前、じいちゃんとばあちゃんの家に行った。

就職をする報告と、もう年明けには引っ越しをするという報告をした。年始にはもう来られないことを伝えてパソコンを開き「ここなんですよ」と会社のホームページを見せている間、ばあちゃんが何やら料理を作っている。

一通り話を終えて私がパソコンを閉じようとすると、じいちゃんが言った。

「……そのパソコンは、グーグルアースは見られるのか?」

「あぁ、できるよ」

「うちって見られる?」

「もちろん」

私はパソコンの画面をじいちゃんも見られるように傾けた。グーグルアースを開くと、宇宙的な空間に地球がゆっくり回転しながら浮かんでいる。私はじいちゃんの家の住所を入れた。地球がギュゥンと迫ってきて、マンションの屋根が見えた。多分、このマンションの一室がじいちゃんの家だ。

「これ?」

じいちゃんは、ピンの刺さった場所を指さした。

「これっぽいよ」

私も確信は持てないが、住所には確かにじいちゃんの家が表示されていた。

「そういえば、うちの屋根なんて見たことなかった」

私も屋上に登ったのは、小学生くらいの頃だ。その頃は、どこかのサーチライトのようなものが見えたのを覚えている。毎年年末くらいにしか戻らなかったので、外は寒いからとあまり上らなかった。

「長野も見られる?」

「地球なら、だいたいどこでも」

私はメガネをクイッとしたけれど、多分このかっこよさはじいちゃんには通じていない。

「ちょっと待ってて」

じいちゃんは立ち上がると、部屋の隅から一冊の手帳を持ってきた。ボロボロで、もう何十年も使っているものだろう。手帳を開くと中にはびっしりと名前と住所が書かれていた。その中から、一つ住所を見つけるとそれを読み始め私は何度か聞き返しながら、その住所を入力した。

ギュンと地球儀が回り、ちょっと画質の悪い平屋の屋根が表示された。その周りはどう見ても山の麓、ほとんど緑色の場所にぽつんと茶色い家が見える。隣の家までの距離がとても広い。

「ここ?」

私が聞いても、じいちゃんは「うーん」と、首を傾げながら画面をずっと凝視していた。表示した場所は山の中で、ほとんど私有地なのでストリートビューの車も通ることができない場所にある。あまり良くない画質で、家の外観を表示するのが精いっぱいだ。ちょっとがっかりさせてしまったかなと思ったが、じいちゃんは食い入るように画面を見ていた。

「これ、玄関って見られる? 門構え」

角度の動かし方を私もその場で覚えながら、家の門に近づいた。

「できた。中までは見られないけど……こうかな」

私は角度を変えて、その家の玄関が見られるように近づいた。衛星写真は近づけば近づくほど画質が荒くなり、レゴで作った家のように見える。でも、じいちゃんは「おぉ! ここだ!」と嬉しそうにしていた。

「ここに住んでたんだよ。へぇぇ、そうそう、この道を上って……」

家の少し下にある道からは、ストリートビューができそうだったので、地面に降り立った画面を見せると、畑や花まではっきりと画面に映っていた。じいちゃんが、突然笑い始めたので、料理を置いたばあちゃんが、何事かとパソコンを覗き込んだ。すると、ばあちゃんも「わー、懐かしい」と言って、ここの坂が、この木は……と、一つ一つ私に教えてくれた。家の周りの畑は、昔おじいちゃんのものだったけれど、今はお兄さんの手に渡っているとか。見えもしないのに「この畑は手入れがなっていない」とか。口々に言っては「へー」と感心してパソコンを覗いていた。

「まだあるのかな、この家」

じいちゃんに聞かれたけれど、この写真がいつ撮られたものなのか、詳しいことはわからなかった。でも、「今の状況が表示されてるわけじゃないけれど、そんなに昔でもないよ」と伝えた。

「じゃあ、きっとまだあるね」

「うん」

一応、そういうことにしておいた。それから、グーグルアースで上空から眺めつつ、ストリートビューを使って陸に降り立ちながら、じいちゃんの故郷を散歩した。

「あぁ、この川、埋め立てられてる」とか

「あぁ、まだこの桜切られてない」とか

ばあちゃんと一緒に、故郷の道を見ていた。

調子に乗って「バタバタバタ~」とヘリコプターの音を出しながら航空地図を移動させると、じいちゃんは「おっ、いいぞいいぞ」と笑った。上から見れば、小さなヘリコプターをチャーターした気分だ。そして、地面に降り立てばドライブ。

「そんなところに降りて大丈夫なの?」

と、じいちゃんは冗談めかして言った。

「道ならセーフ」

「そうか、道ならセーフか」

あっはっは、と二人で笑いながら、いろいろな場所へ行った。じいちゃんの手帳から、じいちゃんのお姉さんの家や、いとこの家、友達の家を順番に見た。

「あぁ! そうそう、ここだここだ!」

そう言って指さした家は、じいちゃんの友達のもの。でも、ばあちゃん曰く「この前行ったばっかりじゃない」ということだった。

「この人からは、お庭で花を育ててるって手紙をもらったんだよなぁ」

庭の花は残念ながら見えなかったけれど、庭らしきものがあることだけは見つけた。

「人の家を勝手に覗いたら怒られますよ」

そういうばあちゃんも、何だか楽しそうだった。長野、青森、フィリピンまで、じいちゃんの行ったことのある場所をひとつひとつ旅してまわった。

「こんなことなら、行きたいところ、もっとちゃんと書いておくんだったなぁ」

そういうじいちゃんがさっきまで言っていた住所のうち、関東圏は「この前行った」とばあちゃんから教えられた。フィリピンもこの前行ってきたばかりらしい。それなら、長野や青森くらい、行ってくればいいのに。そう思ったけれど、たぶん何か行けない事情があるのだろうとも思った。ちょっと聞いても「古い友達」としか、関係を教えてくれない人が何人かいたからだ。私は「ふぅん」と言って、じいちゃんの言うまま家を表示したり近くの街へ移動して、じいちゃんとばあちゃんが話すのをただ聞いていた。

「あぁ、すごく楽しかった」

そう言って、じいちゃんは日焼けしてボロボロの手帳を撫でた。

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