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ゲーム実況をして得た感動。

Googleドライブがあまりにも便利だ。

パソコンのフォルダを指定すると、その中にあるものすべてを勝手にアップロードしてくれる。この機能が本当に便利だ。私のパソコンには「ダウンロードしたものを入れておくフォルダ」と「作っている途中のものを放り込んでおくフォルダ」と「完成したものをぶち込む倉庫」の3つのフォルダにほとんどすべてのものが保存されているので、この3つを指定しておくだけでGoogleドライブは全部一か所にまとめておいてくれる。めちゃめちゃ便利。これを考えた人も作った人も天才なんだと思った。

パソコンに触れていると、こうした感動に時折出会う。しかし、いまさらGoogleドライブすげぇ! などと叫んでも、すごいことはおそらく大半の人が知っている。結局は私が食わず嫌いをしているうちに時代がマッハで進んでいるだけだ。ちょっと古いところからかなり新しいところまで一足飛びに時間をジャンプしているがために起きる、浦島太郎的な現象である。

高校生の時初めてパソコンを手にした際は、ソフトのインストールさえ怖かった。インストールに慣れたあともまだまだ私は怖がりだ。Windows10にアップデートされ、いろいろなソフトが「アプリ」と名前が変わり便利に使えるようになった。それなのに「いまいち使い方がわからない」という理由で旧式用に作られたインストール版を使っている時期もあった。

なので、私は感動するのがワンテンポ遅い。ほかの人がいち早く飛びついて手にした感動を、私は数年遅れて感じる。そして、周りの人はもうその感動を一通り味わい尽くして日常になった後なので「え? 今?」というリアクションを向けられることも多い。ものによっては、もう私の手にしたものは古くて今は新しい別のツールがホットであったりもするのだが、そういう場合も「えぇ、それ楽しいの? 変じゃない?」などと思っている。今でいうならVRチャットなどがそれに該当する。バーチャルyoutuberという人々がYouTube界隈で活躍しているので、単語だけは耳に入ってくるのだが、いざ自分がやるかどうかということになるとちょっと怖い。

そもそも何をすればいいのかわからないし、何が必要なのかもわからない。何となく楽しそうだなぁ、と思いながらも、入り口さえわからないまま「よくわからないから、見てるだけ」という状態に甘んじている。

一方、今更始めたのがゲーム実況である。今はスマートフォンのアプリで簡単にゲーム実況ができる、ということを知ったのは一週間くらい前のことだ。

「何か、ライブな感じの活動がしたい」

友人のTさんに、何か面白いもの知らない? と声をかけたところ、スマートフォンで生放送が配信できるアプリを教えてもらった。声も届くし、顔を写したり、そうでなくても今時分が見ている画面を共有することもできる。その時は実況をする予定は全く無く、ラジオの公開放送のようなものができればいいと思っていた。

とにかく配信できるか試してみよう。

私は第1回配信を5分だけ行った。2回目も適当に、10分ほど真っ暗な画面で録音した。当然聞く人はいない。とにかく動かしてみて、すぐ終わらせる。何度か試運転を繰り返した。

そして5回目。画面の共有をテストするために、アプリを立ち上げ配信テストを行った。しかし、一人でしゃべり続けるのも寂しいのでTさんを呼びつけて配信を始めたところ、夜中の2時に、突然初めたにもかかわらず5人くらいの人が覗きに来た。私とTさんは調子に乗って「人来た! 人!」とか「何かコメントちょうだい!」とか、来てくれた人に向かって呼びかけまくった。すると、覗きに来た人もリアクションを返してくれて、テストプレイだったためゲームの内容としてはあまりうまいといえるものではなかったにもかかわらず「面白かった」と感想をもらえた。

何より、私たちも面白かった。

ただゲームをしているだけ。二人でしゃべっているだけ、たまに来るコメントにもリアクションを返す。生産性、という意味ではほぼゼロだ。ゲーム素人、配信素人、しかも身内二人で話しているところに、突然やってきて何が面白いものかと思っていたのだが、もう、めちゃめちゃ面白かった。ゲームがうまくなるわけでもないし、実況をよくする人のようにうまく喋れたわけでもない。エンターテインメント性に関して言うなら、底辺だったと思う。それでも、楽しかった。そして「面白い」と言ってもらえた。

「なんか、実況っぽかったね」

私はTさんと一緒に、不思議な達成感に包まれているのを感じた。エッセイともラジオとも違う種類の感動だった。友達の家で、一緒にゲームをした時の感覚。もしくは、ゲームセンターで人と出会うというのは、こういう具合なのかもしれない。でも、私にはまだこの実況の何が面白いのかうまく言葉にできずにいる。

ただ「やってよかった」という気持ちだけがふわふわと体の中を巡っている。そして早くも「次はどうしよう」と考えながら、Tさんと話をしていた。

でも、実況はもうたくさんの人がやっている。私よりも、ずっと前にこの感動に気が付いた人はたくさんいて、私はむしろ「どうして今?」と言われてしまう立場にまたいるのだろう。面白いものを作り続けてきた先人たちをずっと「えぇ、それ何が面白いの?」と怪訝な目で見ていた。

Googleドライブだって散々後ずさりしていたのに、ちょっと試しに触れてみたらその便利さに心揺さぶられている。しかし私はその怪訝な目で見ていたものにちょっと触れただけで「おぉぉぉ! すっげぇぇぇぇ!」などと手のひらをくるくる返しているのだ。人と一緒にゲームをする楽しさに、社会人になってから目覚めることになるとは全く予想していなかった。

面白いものは面白い。どうしようもない興奮だけが、目の前にポンと転がってくる。手垢の付いた宝石を手にして、私は感動に打ちひしがれる。もしかしたらただのガラス玉かもしれないけれど手にしたときは「これ、ちょっとダイヤモンドっぽくない!?」と、子供のようにはしゃいでしまうのだ。


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今回のテーマ「パソコン」


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