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なお、愛称が付けづらい


ありがたいことにフォロワー様が1100名を超えた。

しかし、フォロワーとは微妙な、あまりにも形容しがたい関係である。薄いところでは「なんか居たからフォロー」とかがあるし、濃いところでは「六年前から読んでます」という方がいる。それを十把一絡げに「フォロワー」と呼んでいるのだからまとまりなどあるはずもない。

なんなら、今のところ千人を超えた実感はない。ありがたいことだと思う。

これで「キッチンタイマーさんすげぇ! みんな続け続けー!」みたいな流れが来ても困る。人は何に凄さを感じるものか分からない。なんとなく書いたものが突然ハネることは、この五年間何度か経験してきたが、おおよそ翌日には皆忘れているくらいの経験になっているようだ。

エッセイは毒にも薬にもならない水のように体を流れて行くものであればいいと思っている私にとって、ある程度フォロワーがいるのに狂信者が現れないこの状況は最高である。

読者の読みたいものを書かずに来た。例えば恋人の話、今は妻になったが、恋人の話は、良く読まれる。人は人の惚気話が好きらしい。しかし、惚気話の次に書くのはもっとしょうもない話とか自分の話が多い。妻をコンテンツにすると、妻の書かれたくないことを私が永久に書き続けたり妻について書かなくてはならない使命感が現れては大変厄介になる。

そういうわけで、妻の話をした次は、サラダの話を書いてみたり、妻の話がきっかけで私をフォローしたと思われる人々をふるいにかけるようなエッセイを書いたりしてみたのだが、結局5,6年かかって1100人という早いんだか遅いんだか分からないペースでここまでたどり着いた。

ちょうど良く人気が無い。結構何を書いても大丈夫だ。これで何を書いても100スキ付きまくって、承認欲求モンスターになってしまう未来だってあった。でも、私は今、特に数字を意識していない。この話を書いているのも1000人ではなく1100人のタイミングだ。ちょっと遅い。数字は気にしないほうが良いが、情報として見ておくに越したことはない。

この話を何度したか分からないが、キッチンタイマーという名前が人気にならない所以なのではないだろうか。キッチンタイマーで呟いても、当然一般的な普通名詞としてご家庭で活躍しているタイマーが出てくる。さらに、愛称が付けづらい。

キッチンで切ってもタイマーで切っても別の言葉になる。

呼ばれたい名前もないし、キッチンタイマーさんと呼ばれるがこれが私のフルネームと言われてしまえばそうなのかもしれない。

私の友人達も私をいつも苗字で呼ぶ。名前で呼ぶのは違和感があるそうで、私のことをしたの名前で呼ぶ友人は二人、妻も合わせれば三人しか今私のことを下の名前で呼ぶ人間はいない。

私の本当の名前は「ひろあき」とか「としあき」とかそういう類いの名前なのだが、小学生の頃からずっと「ひろ」とか「とし」とかそういう呼ばれ方をしてきた。上の二文字を取ってニックネームとすることも多かった。

たまにちょっと女っぽいところがあると「ひろこちゃん」とか「としこちゃん」とかからかわれたが普段呼ばれている名前の印象も相まって、男が無理矢理似合わない口紅を塗ってるみたいな違和感があった。忍たま乱太郎の山田先生の女装を思い浮かべてもらえれば、言わんとすることは分かるだろう。全国のひろこさん、としこさんはなんとも思わないのだが自分が「お前はひろこ(としこ)」と言われると「いや、全然違うが」と思って反発した。

しかし、一度だけ高校で「あきちゃん」と呼ばれたことがあり、それには非常にときめいた。

私の名前がこんなに可憐になるなんて思いもしなかった。15年間、一度も自分が「あきちゃん」になることに気がつかなかった。もしかしたら誰か言っていたかもしれないが、多分呼ばれて嬉しい相手ではなかった。

Sさんという友人が、理科室でビーカーを洗っている私を見て冗談交じりに「あきちゃんさぁ」と呼んでくれたのが嬉しかった。

「あきちゃんって誰だよ」と言いつつ、私は笑っていた。

「お前だろぉ」

Sは私を顎で指して笑った。

理科室にはちょっと水圧の強い水が、ザーッと音を立ててシンクへ流れていた。

あきちゃん。あきちゃんかぁ。と、私は浮足立った。最終的にSさんも私のことは苗字呼びへと落ち着いていくのだが、今でも「あきちゃん」という呼び方には自分の名前にずっとあった可能性に火が灯ったように感じた。

あきちゃん。

私はずっと、女性と男性の間に壁を感じていたのでそれが一時的に取り払われたように感じた。いつもズボンを履いていたけれど、Sさんの性自認がどちらだったのか私は未だに分からないままだ。知る必要も無い。

私自身、性自認は男性だ。ただ、ボーイズラブが好きである。ガールズラブも好きだ。そして、周りには余りそういう男子がいなかった。女子もいないので、インターネットに潜ってはそういうお話を読んでいた。

そこに出てくる男の子たちはみんな中性的な名前で、私はそういうのに憧れた。憧れに憧れた結果出てきた名前がキッチンタイマーなのだから、この世は非情である。中学生の私が中性的で、他にない名前で、でも厨二病っぽくもなりたくない、と考えた結果が「キッチンタイマー」なのである。どこを切ってもしっくり来るニックネームにならない。

「マーさん」くらいか。マーさんってのも、誰って感じだが。キッチンタイマーさん、略してマーさん。

全然しっくり来ない。あきちゃんのあの輝きはどこへ行ったんだ。十年すぎても覚えているあの理科室でのやり取りに勝る、キッチンタイマーの可能性は未だに見つからない。

1100人もここを通り過ぎたのに、一つもない。信じられない。一つもだ。キッチンタイマーさんか、本名の名字、もしくは名前だ。

この名前には、多分知らないうちに守られている。目立って有名にならない代わりに、凄まじい悪目立ちもしない。それが、キッチンタイマーなのだ。

と言ったところで、フォロワー1100人おめでとう、私。次の目標は特に無いし、明日はまた別の話を書くことに集中するだろうけれど、ひとまずここまでたどり着いた。

とりあえず私の名前は、キッチンタイマーさんでお願いします。

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