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妻を好きすぎる友人の話

妻のことを好きすぎる友人がいる。

「〇〇ちゃん今日もかわいいね」と、言ってから私にも「〇〇ちゃん、今日もかわいい……」と言ってから「本当にかわいい。どうしてってぐらいかわいい」と限界を迎えている。

「最初に会ったときからかわいかった。今もかわいい」

私もできれば共感してやりたいのだが、私が妻の好きなところは二の腕である。それに、すごく前のめりで大変共感しづらい。ここで私が「そうだよね、わかるわかる」と始まるとより一層にエピソードトークが始まってしまう。私は妻と過ごしていて「出かけたが足を痛めた」とか「頭を洗ってもらっている」など、なんだかドジなエピソードが生々しい生活のエピソードしか持ち合わせていない。また、友人と比較した時に私は「夫」という圧倒的強者のカードを持っているため、最終的にちょっと羨ましがられて終わる。

ただ、どうやらちょっとではないらしい。本日、妻と友人が話していた時に「〇〇ちゃんの料理を毎日食べられるなんて!」と言って目がバキバキにキマった顔をした友人の写真が、妻を経由して送られてきた。

私は圧倒的強者ではあるが、流石に喉元に噛みついてきそうな顔をされては恐怖する。友人は本当に妻が好きなのだが、それが行き過ぎていないか友人自身かなり気にしていた。多分だが、行き過ぎてはいると思う。ただ、私が夫である限りは多少攻めても揺るがない。

なぜなら、妻が私を好きすぎるからである。良くわからないのだが、妻は私のことが好きだ。すごく、という言葉では表現しきれないくらい私を愛している。

夜寝るときは「大好きだよ」と言うし、たまに、と、表現するには多い頻度で「愛してるよ」とも言ってくる。私もそれに応えて「大好き」「愛してる」と言う。自分から言わないのかという話があるが、私から言うと妻はにっこり笑ってからビョンビョン跳ねて「愛してる」というのだ。酷いときは突撃してくることもある。魚雷だ。なので、何かがこちらに飛んでくる準備をしておかないと迂闊に「愛してる」とは言えないのである。

今も「愛してる」と言ったら布団に入ってきて「愛の塊としてここにいる」と意味の分からないことを言っている。

付き合いそのものは、妻と友人のほうが僅かに長い。入学式の新入生代表に選ばれた二人だった。妻は通学路をポカーンと口を開けながら桜を見ていたそうだ。それを友人は良く覚えてると、何度も言ってきた。とても大切な思い出なのだろう。

私は学校に行ったり行かなかったりの生活をしており、妻から好意を持たれていることも当時知らなかった。恋愛の話になって、妻が私を好きだと言ったときには「あいつか……。あいつは分からねぇな……」と全く盛り上がりを見せなかったことだけ教えてもらっている。好きな人まで分かったうえで盛り上がらない恋愛トークってあるんだな。

完全にさじを投げられた妻はその後、私に告白して付き合うことになるのだがそれはまた別の話だ。

友人は私と妻が結婚したことに対して「すごく安心してる」と評している。隣にいるのがすごくしっくりくるのだそうだ。力強く応援してくれているが、同時に妻のファン筆頭でもあるためこうしてエッセイに書くことで反転アンチにならないかが心配である。

なお、私のエッセイも読んでいる。私のエッセイとして読んでいることもあるのだろうが、妻の夫のエッセイとして監視している側面も少なからずあるのではないかと思っている。そのへんのところどうなのだろうか。

最近はよく妻とも話しているようなので、付き合うこと十年にしてより一層仲良くなっているのかもしれない。特に、妻を経由して私に牽制球を投げてくるくらいには楽しんでいるようだ。

その友人は、私にとっては憧れだった。同じクラスだったが、特に大人っぽくて化粧をいくつも試していたのを覚えている。かわいいというよりは、綺麗と表現するのが適切だった。

私の最寄り駅と友人と妻の乗換駅が同じ場所で、登校時に落ち合っていた。そこに私も時々合流した。登校する友達、帰り道も駅までは一緒の友達だった。私と妻が付き合ってからは、帰りがバラバラになることも多かった。

私はあまりグループに属せず、登下校、授業、委員会、部活とバラバラで一貫したグループに属していなかった。だが、友人たちのチームはいつでも私を受け入れてくれた。

決まった友人が居ないことに寂しさを感じることもあったが、それでも友人は「うちのチームにはいる」と私の席をいつも開けてくれていた。

先日のミュージカル刀剣乱舞・野外乱舞祭では、私の推しのうちわを作ってくれた。友人はつくる人なのである。手帳のデザインコンペに応募もした。私の拙い話を聞いてくれた。

妻の話をするときには理性がスリップしてしまうが、基本的には理性的な人間である。つくる、という点において私は友人には敵わない。

ものづくりの基礎のようなものを、大学で学んだのであろうことはその手腕からうかがえる。

何か話す話題は無いかとたまに考えるのだが、共通の話題となれば妻の話になってしまうので、理性的で話ができるのは企画のときぐらいである。また、いずれ一緒にコンペに応募したい。

努めて双方が理性的でいられるコンペティションが良いと思うが、気が狂っているときにしか名案が閃かないのではないかとも思うので、またいずれ、アルコールかエナジードリンクをキメてからディスカッションしたいものである。

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