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チャットルームとLINEの隙間

チャットに触れたのは中学生の頃だった。

パソコンで、テキストチャットのサイトに入り、ハンドルネームしか知らない人たちと語り合った。

今ではLINEが普及して、チャットという言葉もめっきり聞かなくなったが、テキストで話すという趣旨はほとんど変わらないように思える。ただ、そういえば、と、なんとなく思ったのは。

「風呂に行ってくるわ」と、言わなくなったことだ。飯食ってくる、とか、風呂行ってくる、とか、そうした生活の報告をチャットでは良くしていた。生活報告は、風呂に入るきっかけであったり、ご飯を食べるきっかけを作っていたのだが、LINEではめっきりそうしたことをしなくなった。

なんなら、言うのが面倒くさい。

チャットはみんなでリビングに集まっているようなもので、発言をしていないと存在しないのとほぼ同じ意味になる。だから、発言できなくなる環境になるときは、とりあえずそれを伝えて、コメントに返信がなくても無視してるわけではないんだよ、とメッセージを発信していた。実際、誰かがお風呂やご飯に行っている時に話しかけると「今そいつ飯行ってる」とかメッセージが返ってきた。

すごい速度で流れるテキストの中から「風呂行ってくるわ」とか「ご飯食べてきまーす」とかが更に簡略され「風呂」とか「飯」くらいの単語になっても誰かが覚えていたし、誰かというかそのチャットルームにいるほとんどの人はちゃんと読んでいた。そのうちそれぞれにステータスが表示されるようになり「在席」「離席」のような居る居ないを表すだけだったのが、段々と「お風呂中」「ご飯中」「ゲーム中」「暇」「仕事中」など、ステータスが常に表示されているのでそれを見ればだいたい何をしているのかわかるようになっていた。

そんな時代から現代。LINEはリビングに人が集まるというよりも、それぞれの個室から別の部屋へ個別に話をしているのに近い。それこそ、集まっているというよりも50個ぐらい小さな扉が壁についていて、話したい人の扉をガチャっと開けて話をしてから、また別の扉を開けて話をする。誰かの会話が他のところに漏れ聞こえて来ることはない、一対一の会話が主流だ。

なので、今喋ってる人たちに「風呂に行ってくる」と伝えるには、例えば5人と話していたら5回同じメッセージを打たなくてはいけない。それが面倒くさいので何も言わない。

じゃあ、ステータスが表示されれば良いのかというとそれはそれで困りもので、例えば「じゃあおやすみー」と言ったあと普通に起きているので、それがステータスに反映されたりすると「まだ起きてんのー」なんてメッセージが届いてしまう。更に「暇」なんてステータスを設定しようものなら「仕事しろ」とか「あそぼー」とか、様々なメッセージが来てしまって大変だし、メッセージが来なかったら来なかったですごく寂しいのでどのみちステータスは設定しづらい。全員に共通でステータスが出る設定をするにしては、あまりにも色々な立場の人とつながりすぎてしまった。

そんな中、最近恋人がやたらと常に電話を繋いでくる。午後8時頃に電話がかかってきたかと思うとスーパーの中だという。

「電話しながら買い物でもするんですか」

「いや、繋いでおくだけ」

繋いでおくだけって何。

その後、スーパーのテーマソングが聞こえてくるし、ピッ、ピッ、という音の後「あ、大丈夫です」という恋人の声が聞えた。何が大丈夫なのかわからないけれど、レジで何か聞かれたらしい。

「ふー、終わったー。○○くんは居ないけど、アイスは食べるよ」

恋人がそう言ったあと、バリバリと包装紙が破られる音がした。帰り道で、明日は雪の予報なのに、アイス。奇特だなぁと、思いながらもモシャモシャとアイスを食べる音を聞いてから恋人は家に着き「またねー」と言って電話が切れた。

それから、3時間ほどして午後11時また恋人から電話がかかってくる。私はスマホをスピーカーにして、テーブルの上に置いた。しばらく、会話はない。私は将棋をしているし、恋人も何かスマホをいじっているような音が聞こえる。

話をすることもないのに、ただお互いに通話状態のまま、それぞれ自分のやりたいことをしている。動画が見られないのがちょっと困るけれど、それ以外はさして問題はない。

「シャワーしてくるね」

自然とそう口にしていた。

「うん」

電話は切れない。私も切らないまま、テーブルに電話を置いてシャワーを浴びた。

「ただいま」

「おかえり」

そしてまた無言。私は本を読み始める。恋人も、何かしているのだろうか。時折、今読んでいる記事がLINEで送られてくるので、私はそれを読む。そして、また読書に戻る。

少し前に、LINEでこんな空間を作ろうとしたけれど全然うまく行かなかったことを思い出した。LINEはやっぱり自分の部屋から相手と話せる扉を開けるような感覚で、自分がその扉を抜けて誰かに会いに行くとかどこかに帰るような感覚はどうしても定着しなかった。

2人で内緒話をするLINE。リビングのようになんでも筒抜けなチャットルーム。その中間点を探しているのだと、その時知った。

そこに誰かが居る感覚。ずっと視界にいるわけではないけれど、確かに誰かがそこに居て「ちょっとトイレ」とか「ご飯食べてくる」とか自然に言える場所が、通話の中で生まれていた。

「風呂いってくる」

「いってらっしゃい」

そんなやり取りを、もっとしたい。今は面倒くさいという思いが強くなってしまったのだけれど、でも、話している途中で「ちょっと失礼」と抜けてまた戻ってくるような場所がもっと欲しい。

通話しているのに、恋人からLINEが届く。Twitterのリンクだった。同じ部屋で、カタログを手渡すようにメッセージが飛んでくる。

「バランスボール買おうよ」

いいね、と言おうとしてふと我に返る。

それは、どっちの家に置くことになるのだろうか。

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