妻が涼宮ハルヒを見ている。
妻が涼宮ハルヒの憂鬱を見ている。Netflixで全話公開されているので、それを見ることにしたようだ。一方私は「長門は俺の嫁」と言い合うことで自我を保ってきた人間である。部屋に長門用の椅子を置くことで、部屋の環境を本を読みやすい状態を基準として整理し、保ったこともある。当時恋人だった妻がそれを見て不思議そうにしていたが、私にとっては「推しが見てると思って」というのは「誰かが必ずあなたを見ている」という信仰や道徳に近い部分がある。今は特に部屋にそうしたものは置いていないが、推しのブロマイドなどは、そうしたやり方で推しと向き合っていた名残かもしれない。
さて、ところで私は隠し事が苦手である。妻に隠し事ができた試しがない。聞かれたら嘘をついた瞬間にバレる。
また、妻はテレビを見ながらでも話をするタイプだ。だから、ハルヒを見ながら私に話しかけてくる。
「この〇〇さんって人間?」
さて、問題は「ネタバレ」である。そもそも、人外が出てくることを事前知識として入れていた妻としては、どこまで知りたいのだろうか。しかし、質問されたからには「どうだろうねぇ」と返すか、正直にいうかである。そこで私は割り切ることにした。
自分からは言わないが、質問があったら全て答える。そうして、一問一答質問タイムが始まった。
まず最初の回答だ。
「〇〇さんは人間ではありません」
「ふーん。この■■さんは?」
「人間です」
「普通の人間?」
「普通の人間ではありません」
水平思考クイズみたいになってしまった。質問から答えを導き出すゲームだ。ただ、私としては妻に涼宮ハルヒの憂鬱を楽しんでもらいたい。そのうえで、私がマウントを取って余計なことを喋る以外のコミュニケーションであれば、それもまた妻の楽しみらしいのだ。
「別に聞いたことはすぐ忘れちゃうから」
妻はそう言うが、些細な情報から先を予測してしまい、衝撃のシーンで対して驚きがないということもある。しかし、疑問はその場で簡潔に解決しておいたほうが作品を楽しめるとするなら、それはもちろん、混ざっておきたいところだ。
一方で、私はネタバレに対して「自分で時間を作って、公開に合わせて見に行った人間の感想を述べる邪魔をする権利は誰にもない」という見解を現在のところ持っている。自分の感情への配慮を求めるというのは、かなりハードルが高い。
もちろん、悪意を持って感動を潰そうとしたり、聞かれてもいないのに伏線や解説を入れてくる人間はいる。そのような輩は「来世では感動するシーンの前に決まって耳元に虫が飛んできますように」と呪いをかけるとしてだ。今や、SNSが広まり、ありとあらゆる世間話が飛び込んでくるようになった。それに関しては、自衛という、ある程度シャットアウトする技術が求められるようになった。
ただ、もちろん、その世間話をする人々も自分たちの話が他人に聞かれていることを意識しているので、配慮として本編に触れない情報を流してくれる。今で言えば、シン・ウルトラマンやエルデンリングについては、ある程度情報が紐解かれてきたものの、他人の楽しみを奪うというより「溢れ出た感情」という表現が適切に思う。見ていて不快感がない。
自分の感情と、他人の感情の摩擦と折り合いが一つの画面の前で起きている。妻は初めて見る。私は二度目だ。そして、視点が違う。それは初見か否かというよりも、そもそも我々は気になるポイントが違うのだ。妻が物語の展開にワクワクしているとすれば、私はすでに物語の展開を知っているので「マジでこれ全部絵で描いて動かしてるのか」と、奥深そうだがまぁまぁ浅い感想を抱いている。あとは、異様に気合の入った作画を見て「やはりこの会社化け物だな……」と思いを馳せている。
そうしている間に、妻は涼宮ハルヒシリーズを映画まで全て見た。完走おめでとう。どうあれ、自分の好きな作品を楽しんでもらえたのであれば嬉しい。
互いの趣味は常に合うわけではないが、時折こうして交差することがある。
かつて、一人でじっと眺めていた涼宮ハルヒの憂鬱は時を経て妻がおもしろコンテンツとして見ている。そして、鑑賞に耐えうるというのは良いことだ。名作も、古臭さや特殊な画風であることを理由に見るのを躊躇することがある。それは仕方のないことだ。好きなもの、気になるものなのだから、好みはどうしても影響してくる。
涼宮ハルヒは分裂から驚愕にかけてもなかなか歯ごたえのある面白さだったはずだ。思い出補正でなければいいが、未だに漫画版を読み返す。そして、二十歳を超えてやはり「このシナリオ書き上げたのヤバすぎるな」と、感嘆と恐怖を感じながら読む。
妻にとって、楽しい時間であればいいと思う。涼宮ハルヒの憂鬱を読む時間は、そのタイトルに反して、私にとってはそれなりに楽しい時間なのだ。
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