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勝ちたい気持ちは、静かに燃える。

発売当日にダウンロード購入した大乱闘スマッシュブラザーズ、通称「スマブラ」のキャラクターが全員そろったのは先週のことだ。ダウンロードコンテンツとかではなく、通常の仕様として出てくるキャラクターが先週ようやくそろった。

ストーリーモードをクリアしたり、普通に乱闘して遊んだりしていると順次キャラクターが登場して倒すと仲間になってくれるシステムだ。しかし出てくるキャラクターは総勢70体ちょっと、最初は8体しかいないのだがそこから60体ちょっとのキャラクターを出していくことになるのである。この作業に私は飽きてしまい、スプラトゥーンを主軸にしながら過ごしていた。しかもそのあとモンスターハンターなどやるものなので、もうスマブラ熱は完全に息を潜めてしまった。

そんなある日、友人のNと久しぶりにスマブラをすることになった。Nはいわゆる「クラスで一番スマブラが強いやつ」である。それは社会人になってからも変わらず、学生時代に作ったゲームをする仲間の集いの中で一番強い。そんなNと私だ、勝てる見込みはほとんどない。ただ、ゲームをすることにおいて「勝つのを目指す」のはマナーである。

「じゃあ、始めるか」

スマブラは相手にダメージを蓄積させて吹っ飛ばし、撃墜するゲームである。ともあれまずはダメージを与えまくり、最終的にそいやぁ! と一撃決めればいい。ルールはシンプルなのだが、Nは本当に強かった。

何をしても対応してくる。遠距離攻撃だろうが、近くに寄ろうが、ガードしようが、吹っ飛ばそうとしようが全然だめだ。

できることの数も違う。私はコンボなんか一つもできないけれど、私は空中に飛ばされようものならまず間違いなく四、五発攻撃を食らってしまった。私はだんだん無言になり「絶対こいつ一発は倒す」という意気込みをもって戦った。

まず相手に攻撃を当てなくてはならない。当たる攻撃と当たらない攻撃があるが、ひとまず蓄積ダメージ数が120%という数値まで入れば相手を撃墜できる可能性が出てくる。ストックはお互い3体。3回撃墜されたら終わりだ。

まず1回目。一機撃墜されるまでに、相手に与えられたダメージはわずか20パーセントだった。これはもう果てしなく長い道のりである。まずは、私が1体撃墜されるまでに40パーセントダメージを与えることを目標にした。そうすれば2体目で80パーセント、3体目で戦っているときに120%のダメージが入り、あわよくば1体撃墜することができる。

コントローラーの操作も正直曖昧で、どのボタンを押せば何が出るのかをつかむまで数試合。そして、目標通りダメージを与えることができるようになるまでさらに数試合。私は、じっと黙って試合に臨んだ。

Nはときどき私に話しかけてきたが、答えている暇はない。私は全力をもってこのキャラクターを倒さなくてはいけないのだ。ゲームは楽しむものであるが、そのために全力で勝ちを取りに行く。でないと、それはごく普通の人間関係の話として、単純に失礼だからである。

10試合ほどしただろうか。私のキャラクターが30体撃墜されたが、まだNを1回も撃墜することができていない。勝つどころか、一矢報いることさえままならない状態である。

Nは言った。

「俺さぁ、こんなだから俺とやってても面白くないって言われるんだよねぇ」

私は答えなかった。Nを慰めている暇などない。こちらは、あと50%分のダメージをお前に食らわせたのち撃墜しなくてはならないのだ。私は、ただただ黙った。黙って、Nが遠くから攻撃してくるのをガードしながら近づいた。

そして、もう10何度目かの試合で、ようやく、ようやく一度だけNを撃墜することができた。その次の試合でもう一度だけ、撃墜した。もう私はトータル50回ほどやられている。しかし、それだけやられて初めて、何とかNを撃墜できた。

それそのものは、達成感と共になんだかホッとしたような気持ちになった。そしてただただ「楽しかったな」と思った。Nは何をしても敵わないし、私の攻撃なんて見えてるかのようにガードしてくる。でも、その中で当たる攻撃があり、よけなくてはいけない攻撃があった。戦うたびに「あと○%、もう○%」と考えながら攻撃を打ち「今これ食らったら死ぬ、次にあれ撃たれたら死ぬ」と自分の選択肢が狭まっていくのを感じた。それが楽しかった。

私はじっと黙っていた。多分Nが不安になるくらい黙っていた。でも、しばらくしてNもあまり話さなくなった。私は何も答えなかった。今「楽しい」と言ったら、気持ちが緩んでしまいそうだった。

ゲームを終えてからNが言った。

「ちゃんと、工夫してくるから、負かすのが大変だった」

私はそれを聞いて、なんだか恥ずかしくなった。自分の真剣な部分が、画面越しに見られているような気がした。まぁ、でも、それはそうだ。Nは私よりも圧倒的に強いのだから、何をしてくるかが見えていたのだろう。そして、私が頑張って何とかしようとしている様子を、Nは少なからず、感じてくれていたのだと思う。

思えばNは絶対に手を抜かなかった。私が真剣に戦いにいくのを決して茶化しはしなかった。

結局一度も勝つことはできなかった。でも、ほんの少しだけ倒すことができて良かった。

私はNとゲームをするのが好きだ。黙り込んで戦ってなお弱い私に対し「勝ちに行く」という姿勢をずっと保ち続けてくれた。

次遊ぶときも、また何度も撃墜されるのだろう。次は3回。50回撃墜されるまでに3回くらいは倒したい。


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