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残穢、10ページ目

以前も話したがホラーが苦手だ。

そこで、どのくらい苦手なのか自分でもチャレンジしてみようと思い、小野不由美さんの残穢を読んでいる。

今、10ページ目だ。

もう怖い。

10ページというのだからずいぶん進んだように思えるが、この本はまずトビラと呼ばれる部分があり、次に目次、次のページがタイトル(残穢と書かれている)その次が小見出し(端緒と書かれている)。そこからいよいよ物語が始まり、最初の1行目はこの本の9ページ目から始まる。

つまり、私はまだ本文を2ページしか読んでいない。

物語は主人公のもとに一通の手紙が届くところから始まる。作家をしている主人公は、ホラーレーベルを担当したことがあり、その小説のあとがきに「怖い話を知っていたら教えてほしい」と書いていた。

主人公いわく、あとがきは半ば強制的に書かされるもので「おそろしく様になっていなかった」という恥ずかしさにも似た感情から、チャンスを見つけて削ってもらい現在の版にはあとがきが無いのだという。

しかし、過去の版を持っている人や中古で買った人からは極稀に怖い話を報せる手紙が届く。

そして、問題の手紙が送られてくる。送り主の名を仮に久保さんとして、都内のマンションに住んでいる三十代の女性だ。久保さんは「その部屋に何かがいるような気がする」という。

私はそこで読むのをやめた。

怖すぎるだろ。だって、怖い話って事実でも作り話でも怖い。しかも、ホラーのレーベルで怖い話を報せて欲しいと言っていたということは、その当時も真贋のわからない怖い話が届いていたはずだ。それから時が経ち、中古の本のあとがきまでしっかり読んで出版社に手紙を送ってくるなんてもうマジの中のマジではないか。

それに、今回事件に巻き込まれているのが久保さんという主人公から見ても第三者なのが怖い。こういうのって、自分が事件に巻き込まれたり実際に事件があった現場に赴いたり、身近な人から聞いたりするものではないのかと思う。しかし、手紙を送ってきた第三者という距離感は非常に絶妙である。

手紙を読んだ時点ではもう既に死んでいるかもしれないし、生きていて「会いましょう」という展開かもしれない。手紙を読んで一旦しまっても、また久保さんから手紙が届いた、というエンドレス久保さんルートもある。

怖いって……。めちゃくちゃ読みやすい文章だし展開は気になるけど怖いって……。

何通もある怖い話の書かれた手紙の中で、気になる一通、当然何も起きないはずもなく。

絶対なんかあるって……。これで「マンションの気配は野良猫ちゃん。音はよくあるラップ音で、久保さんはまた一つ賢くなりました。おしまい」なわけ無いって……。怖いもんだってもう。

閉じた本を裏返す。文庫本なのであらすじが書いてある。その最後にはこうある。

「戦慄の傑作ドキュメンタリー・ホラー長編!」

……少なくとも短編集ではないらしい。たまに長編かなと思ったら短い話のまとまった短編だったりもするが、そういうことはないらしい。

改めて目次を見る。

端緒から始まる九章だ。そこには、今世紀、前世期、高度経済成長期、戦後期Ⅰ……と時代を逆行するような順番でタイトルが並んでいる。

かなり前から呪われているようだ。それがなぜ、マンションの一室に留まっているのかは全くわからないが、マンションの建つ更に前、第二次世界対戦で東京が更地になるよりももう少し前から何かしらの曰くがついているようだ。

久保さんが可哀想過ぎる。明治の事故物件を避けろという方が無理だし、マンションごと何か曰くがあるのか久保さんの部屋だけ何かあるのかは知らないが原因を辿っていったら明治に遡る……と、回想が始まってしまったら久保さんはそのうち引っ越してしまうだろう。

でも、読んでしまったら私は「聞いて! きーいーて! 事は明治から始まるんだけども!」と、長い長ーい話をして恐怖を和らげるか、伝播させていかなくてはならない。怖いから。

私はギリギリデジタルネイティブと呼ばれる世代である。父がパソコンを持っていたので小学生の頃にはワードが使えた。フロッピーディスクに保存もできた。

更にインターネットがやってきて、おもしろフラッシュというサイトに入り浸っていた。しかし、インターネットには絶対に触れてはいけないものがある。

ブラウザクラッシャー(通称ブラクラ)と詐欺サイトで何万円支払えみたいなページ、そして、おもしろフラッシュに潜むびっくりホラー系の動画である。

私は「検索してはいけない言葉」で検索をかけ、そこに羅列されていた単語を覚え。絶対に踏むものがと覚悟を決めてインターネットの荒波を小さなイカダで航海していた。

ときにはインターネット初心者あるある、というページを見て「なるほど、こうして人は騙されてきたんだ」と学び、数多の屍の上で快適なインターネットライフを送ってきた。

故に。

怖いフリーゲームにもノータッチでここまで来たのである。友人たちがゆめにっきとか、魔女の家とか、高校生くらいのときには青鬼というゲームもあったが、全くやらずに来た。

結果、ホラー耐性ゼロだが「なんとなく怖そうだな……」というアンテナの感度ばかりが強くなった。

プレイステーションのゲームでも怖そうな要素は一通り切ってある。バイオハザードもやらない。怖いから。

バイオハザードに関しては「バイオ、怖くないよ」という広告を打ち出していたがゲーム実況動画を見たらちゃんと怖かった。スマホで画像をちっちゃくしていたから良かったものの、テレビでヘッドホンを付けてやっていたら本当に悲鳴を上げていたと思う。

恐怖、というのは人間の生存本能の中でも特に大切な部分である。最悪の場合死ぬ、という雰囲気は敏感に察知できなくてはならない。

素早い逃走。

危険からはすぐに身を引かなくてはならない。最悪死ぬからである。先に述べた残穢の場合それを感じたのは、本編開始から2ページ目であった。最初から「あ、怖いわこれ」という雰囲気がする。

しかし、またこんな話もある。とあるマンションに「ここは心霊スポットです」と告げられて入ったチームと「ここは空き家です」と告げられて入ったチームでは反応が異なり、心霊スポットチームは「視線を感じた」とか「寒気がした」というが空き家チームは特に何も感じなかったという話もある。そういうバイアスはガッツリ働いていると思う。

以前、恩田陸さんの「私の家では何も起こらない」という小説を読んだときには「へー、何も起こらないんだ。たしかに怪しい雰囲気はあるけど、基本的には何も起こらないエッセイみたいな物語だなぁ」と思って読み終え、本を閉じた瞬間に全部の短編の意味が繋がってしまい「……今、俺にホラー小説読ませたか?」と天井を睨みつけた。

何も起こってないほうが問題じゃない? え、あの瓶詰めはまだ床下にあんの? おいおいおい。何も知りませんでした、なので何も起こってないです、みたいな論法でめちゃくちゃ怖い話読まされたか、今。と、本人さえも殺されたことに気がついていない手際の良い殺人みたいなことが行われていた。

夜のピクニックを書いた方だからと安心して読んでいたが、全然油断していた。

そう、身構えているから怖いのだ。これから怖い話をしますよ、と表紙や本文から脅されているから怖いのである。実際、ジャンプのバトル漫画ではバシャバシャ出血するし時には人が死ぬが「おぉ……」としかならない。

そう! 大丈夫! 残穢も読める!

でも怖いなぁ……。本当に怖いなぁ……。

もうちょっと「久保さんからの不思議なお手紙」みたいなタイトルだったら全然読めたと思うんだけどなぁ……。

まだ2ページ目から先には進めていない。

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