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感動の下準備。

安物買いの銭失い。という言葉がある。

安いものを買うと結果的に損をすることになるという意味だが、私は結構好んでこの安物買いをする。

兵庫県に引っ越して最初の月は、とにかく無いものを揃える時期だった。ただ、お金も無かったので、安く、必要なものを揃えなくてはならない。毎日のように100円ショップに通った。しかし、そもそも店に何があるかわからなかったので、100円ショップを下見するという何をしているんだか意味のわからないことをしたりもした。

本当に何もかも初めてだと、そもそも何があって何が無いのかが解らない。100円ショップに行ってようやく「あ、これ無いわ」と気がつくこともよくあった。ハンガーとか、そのハンガーを引っ掛ける紐とか、洗濯バサミとか。主に洗濯系ではあるのだが、必要なものは初めて買うものばかり。ただ、その時はとにかく金欠で、家に無いものを見つけてもすぐに買うことができなかった。

家に帰って「ハンガーと、紐と……ゴム手袋」と紙に書いてから、必要なものとそうでないものに分け、必要なものだけ買いに再び出かけることも多々あった。生活する上で必要なものばかりだったが、だいたいのものを100円ショップで済ませた。

逆に、とにかくお金をつぎ込むのはパソコンや本だ。パソコンに関しては買い換えるたびに10万円以上は必ず使ってしまうし、本も最近は毎月使うお金が1万円を超えるようになってきた。高ければいいというものでもないのだが、ある程度安いもので済ませたあとは「もっと使いやすいものが欲しい」という欲が出てきて、より良いものを探してしまう。本も最初は中古だったが、最近は「食らえ印税!」という念を込めて新品を買うことのほうが多い。

この「食らえ印税!」というやや口の悪い念は、著者の方や【はじめに】についているコメントが「本を買ってくれると嬉しいなー、いや、え、買うんだ。良いから、そう、カウンターに持っていけ」という、買ってほしいという気持ちを前面に出すものが増えてきたため、読者側も何かエネルギーのある一言をぶつけ返しても良いのではないかと思い至ったがゆえの悪態である。

以前「俺の課金した金が声優さんの弁当になっているかと思うと興奮する」というハイレベルな変態と話をした。表現にこそ難があったが、最近は気持ちがよく分かる。私の好きな人が幸せそうに食べているご飯の代金だけ払って立ち去りたい。別にその食べているところを見ていたいとか、そういうものではない。もちろんそれはそれで見ていて口から血を吐きそうなほど興奮はする。多分キャバクラで推しの女の子ができたら入れ込むタイプだし、日常でも「あ、この人、推しだわ」と思うとふとした会話で「金いる? 大丈夫?」と声をかけそうになるのだが確実に関係性が歪むので胸に秘めている。ともあれ、食らえ印税。

金も心も入れ込んでしまうほど長い付き合いになるのか、買った瞬間に飽きてしまうのか。結果がどうなるかはとても難しい。だからこそどちらも最初はだいたい安物買いだ。100円ショップや中古品で、まずはどんな機能が付いているのかを確かめる。もし飽きてしまっても、いきなり最新式を買うわけではないので出費も少ないし、諦めもつく。そのあともっと上の機能が欲しくなったら、改めて少しグレードの高いものを買う。こうしてパソコンに入れ込んでいき、最新式のパソコンが手元に来たときは、泣きそうになるくらい感動した。

その感動も、安物あってこそなのではないかと思う。経験上、一度どんなことができるのかを確かめてからのほうが、次買った物が以前のものに比べてどうすごいのかが身にしみてわかる。

100円ショップで買ったものや、中古品で買ったものを使い込んで「新しいのが欲しいなぁ」と思ったとき初めて、クオリティの高いものに触れる準備が整う。100円ショップのハンガーを知っているから300円のハンガーの何がすごいのかわかる。中古のパソコンを知っているから最新式のすごい部分がわかる。さらには「自分の用途ならここまでだな」というものも、なんとなく分かってくる。

「迷う理由が値段なら買え、買う理由が値段ならやめろ」などという言葉もあるが本当にそのとおりだと思う。ただ、その商品が初めて手にするジャンルのものであるのなら、私は迷わず安物に手を伸ばす。

その安物が壊れるほど使い込んだときは、もう100円以上のものを買っても大丈夫という段階に来たと思うことにしている。

まずは手の届くところから、届いたら今度はもっと先へ。どんどん前へと進む。

ただ、靴下は無限に無くすので、100円ショップのものばかり買っている。


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今日のテーマ「100円ショップ」


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