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始まる前の静けさが香る。

【普段のエッセイとはテイストの違うやつです】

ガラリ、とシャッターを開ける。

「いや、違うか」

私は今開けたばかりのシャッターを手で撫でて消した。本当に魔法みたいに消えるもんだ。ここでは何でもできる。シャッターは消えるし、人は空を飛ぶ。私は飛べないけれど、自分は飛べると信じている人はどんなに下手くそでも5ミリくらいは浮く。そんな世界の商店街に、私はお店を出すことにした。

「本体の方からすると、ずいぶん勝手なことをしたと思うんだろうな」

CLOSEと書かれた掛け札をひっくり返すと、OPENの文字が揺れた。空はまだ、暗い。私にとってはじめてのお店だ。幕開けとしては、こんな日がちょうどいい。

book cafe Kitchen Timer。

店主は私、キッチンタイマー。22歳になる。昼よりは、夜が好き。雨は見ているのが好き。あたたかい木漏れ日を背中で感じるのが好き。元引きこもり、今は、塾の先生をしている。

一階にはエッセイばかりを並べた棚。本棚と言うより、書庫のように見える。ホコリを被った思い出も、昨日生まれたばかりのピカピカな体験も、ごちゃごちゃまとめられて並んでいる。

二階の押し入れには放送局。エッセイとはまた別に、ラジオを収録して発信している。

そして、今回カフェを増設した。

「暇だなー」

コーヒーでも、淹れてみようか。飲めないけど。そして縁側に座り、外の景色を眺める。

他のお店のオープンを待ってから、何をするか決めよう。

夜の音だけが響く商店街。まだ、静けさだけがそこにある。

「今日から、よろしくおねがいしまぁす」

隣の人にさえ聞こえるか分からないくらいの細い声が出た。

「始まりの合図は、日が昇ってからかなぁ」

体育座りで、合図を待つ、少しせっかちな私。

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