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[北白川/地形] 山をみつめる暮らしと巨人

朝、家を出発してまず最初に目にするのは大文字山。夏の風物詩「五山送り火」で知られ、比叡山から伏見稲荷まで連なる東山三十六峰のひとつ。正式には「如意ヶ嶽(にょいがたけ)」という。
この大文字山をいつでも見られる場所に住むのも楽しそう、と思ったことがここに住みはじめたきっかけのひとつ。

こんにちは。北白川文化研究員の綿野です。
わたしはといえば、生まれも育ちも東京。
周りに山や自然は皆無。そのかわりに複数の商店街とイトーヨーカドーを牙城とするような限りなく千葉に近い下町で生まれ育ちました。

山をみて育った知人が「視界に山がみえないとちょっと不安になる」といってたけれど、京都ではたとえ繁華街でも、視界の遠く先にはうっすらと山並みがみえている。
いつでも山が見えるってホッとするのは、京都に移住してはじめて味わった感覚。

https://maps.app.goo.gl/7XbKiePDKhWyWwNK6

わたしが暮らすマンションは坂の途中にある。その坂を東にのぼりながら歩く目線の先に大文字山が鎮座しているのだ。いや鎮座といっても大文字山は標高466m。初心者でも1時間で登れてしまう小山。どこか親近感がわく絶妙なサイズ感のお山である。

有名な『五山の送り火』での晴れ姿だけでなく、日々実にいろんな表情をみせてくれる。
晴れた日は気持ちよさそうにのびのびと大の字を広げているし、秋になれば山全体がぽこぽことファンシーに色づきはじめ顔を赤らめているようにみえる。冬の寒い日は雪に身を包まれたその凛とした姿にハッとさせられたり。
こんなにひとつの山を日々みつめながら暮らすのははじめて。その親近感からなんとも頼もしい隣人のような存在でもある。山を眺めながら暮らす楽しさ(厳しさもある?)はきっと各地にあるのだろうという想像力をひろげるきっかけを得た。

そういえば、こんな話がある。
日本にはあちこちに巨人伝説がたくさん言い伝えられている。有名な巨人さんでいえば「水戸のダイダラボッチ(「でいだらぼう」などとも)」や「鹿児島の弥五郎どん」など。

彼らにまつわる言い伝えを調べると枚挙にいとまがないほどわんさかでてくる。
たとえば「巨人さんが富士山をつくろうと滋賀の土をとってきたためその跡地が琵琶湖になった」だとか「赤城山に腰をかけて、利根川で足を洗った」「浜名湖は巨人さんがすべって転んだ時に手をついてできた窪み」など。
スケールがドでかい割にどこかマヌケで愉快な伝説ばかりなのだけれど、実は民俗学の巨匠・柳田國男も「ダイダラ坊の足跡」なる一文を記し、この巨人伝説について考察している。

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また、10年近くこの巨人伝説のリサーチを重ねアートプロジェクトを続けているアーティストであり、友人の山本麻紀子さんによれば、
「実は山そのものが巨人的存在なのだ」という見方もあるとかつて教えてもらった。
畏敬の存在であった山を巨人というキャラクターになぞらえて、いにしえの人たちの想像力でいろんなお話とともに語られてきたのではないかと。

そういえば以前鳥取に遊びに行ったときのこと。
車窓から「変わった形の山があるね」と友だちと話していたら、タクシーの運ちゃんが
「あれは”寝仏さん”ていうんやで。ほとけさんが寝そべっているようにみえるでしょ?」と教えてくれた。寝仏さんが仰向けなのか横向きに寝ているようにも見え、どっち?!と論争を楽しんだことを思い出す。
自分が信じるものはそれぞれだから、土地ごとに山並みがちがうのはもちろん、その風景を見て、心の中の何をうつしていくのかもちがっていて当然なのだな。

鳥取の寝仏さん(わかりますか?)

もし「大文字山が巨人さんだったら…。」と考えてみる。どんな話が生まれるだろうか?
巨人さんネームはなんてよぼう? 「大文字どん」っていうのはどうだろう。大文字どん(仮)がちょっと立ち上がってくれたら、北白川と琵琶湖はもっと近くてすぐ遊びに行けるようになって便利になりそう。でも今日の大文字どんはテコでも動かなそう…などと、毎朝みる大文字山をそうして見てみるのも楽しい。

最後に、おまけ。
大文字どん側からの視点。

2年ほど前の秋に登った時の一枚。

「大」の字のちょうど交差する火床の位置に何の気なしに立っていたら、大文字山保存会の方らしきおじさまに、「こら!そこ立ったらあかん。神さんのいるところや!」とたしなめられました。そうか、大文字どんは巨人であり、神様であり、ご先祖様なのか。

ふだん大文字どんをみあげている場所をさがす。清々しいくらいありんこ並みの小ささだが、しかしそのじつ、大文字どんからもこちらの動向は思ったよりもよくみえている。「深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ」という有名なフレーズがよぎる。

地べたからも視点をもちながら、時には巨人になってみること。街全体や地形を見渡しながら。
大きな視点と小さな視点のそれぞれを行き来することを日々大切にしていきたい。


北白川文化研究員no.02 綿野かおり
妖怪・民俗学が好きな大学職員
北白川歴:5年


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