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第一章 三日月に便座カバーを

第一章「三日月に便座カバーを」

これは不要物(ハート)と呼ばれる男の、戦いの記憶と魂の遍歴である……

 

「電気米が恋しければ、すでに君の分別は、藻屑にしておが屑だ。凡そ食詰め物は地上の空中分解、ないしは、ゴミ虫添乗員共の終末大バーゲンと変貌する運命だよ。故に、君は一度だけでなく何度でも――現在、過去、未来、中森、明菜に関係なく――近代的標準銃の二乗頭でポロロッカ、イエから見棄てられ、ムラから切り離され、永遠のゴムダンスの受け皿となることを味わうだろう」
「うんこがもれそうだ。お前は禿げのびろ」
 瞬間、卵型監督の揚げ森アクロバット代表が――水たまりと調和を図るウォンバットのそれで断られていた。
「真の意味での記録。枯葉のためのレクイエム。電子花畑牧場においては進化と退化は区別される」
「50・80・よろこんで。オドラデクぶらさげる夏。マジうんこ紙コップ級クイズ」
 不要物の監視するところの指人形シャレボトルが七色に光った。まるで大病を患う虚栄の二重暗殺も、すべては氷山の夢で瓦解する自己責任だと迫り狂うように。
「この垢色はただの垢色じゃない。知覚機会を減らすための動線距離の基準値を遥かに温泉に入っている」
「何のためのスコープス裁判だ? 勝ち投手の凝縮永遠性に、解体コンテナが利用できるとでも? ――便器」
「流行を追うウミガメは、決して皮肉の崩壊を本旨としない。七色便器を追い求めろ。追い疲れて、追い弾け。追い逃げろ。そして追い嗤え。追い解け。追い語れ。追い落せ。追い踊れ。追い勝て。追い憑け。追い舞え。追い謳え。追い酔え。追い斬れ。追い呪え。追い咲け。追い慮れ」
「お仏壇の長谷川ァ!」
「じゃんけんぽん! おどるっしゃい!」
「死身弘法で敷衍しろ――死火山の甘ったるい寝息で処罰される第三法則を――!」
 刹那。デコパーツに宿る三日月の影が、悠久のホモデルフィナスと黙り始めた。ついに包帯の時が訪れたのである。その血で濡れた紋章は儚い調べのように響き、いわば人の心を持つものならすべて当て嵌まる、非人間としての風呂パイプを満たしていった。――孔雀的に、駝鳥的に、剰え雌鶏的に。どうして涙が流れるのだろう。どうして便器が沸騰するのだろう。
 一閃。決着が決められていた。否、決着が、決められていた。潜在的ミートソースの彼は、幽冥羅漢の右手で弾圧されるお品書きのそれにも似て、完全に、完璧に、見事に南無三していた。
 彼は、千の風になったのだ。
「デーヴの隠し子は闇と遊ぶ余地があり、悲しき不死身の主の意志に背く。牝豚連盟深夜徘徊班に連絡をしろ」
「スラリ疎開曲線だァ?」
 瞬間、無残にも折り曲げられた品川ナンバーの堕天使が、ありがた迷惑とも噂される透け透け男の三人組と、爆散した。いうまでもなくカウンシルの意向にそぐわない概念の強制を強いられていた。端的に言えば――冬道の運転は慎重に、心に余裕を持った運転を心がけなければならない。故に、裏切られし者たちは――地獄の出囃子を否応無く聴かされるであろう世界の涯にも似たそれで論駁されねばならなかった。運の憑きに見放されたような惨めな死相占いを伸展させた永久機関のアフターケアであるならば、すべからく悲惨にも脆くて。涙も天上界に昇華してしまうような――八角形の鎖で覆われ、レッドデータリストにすら忘却の彼方に追いやられし獣さながらの、その疼きで。
 瞬間、十重二十重の猫耳を宿す黒き可能性が、自由というの名の鳥篭の中から音もなく飛び出て、瞬間的に開かれた亡き王女のまぶたの裏に隠れた。呆れ果てた態度で光を見させられるとでもいうべき感覚は、とうの昔に棄て去ったのだろう。今は決して終わらない悲鳴の中で、うだるような赤外の線に伽藍堂の胸を焦がし、徐々に展開しつつある《雪崩式》にイカれた笑みを、分裂し続ける仮想世界に享受させていた――。
「売り便器に買い便器だね、こりゃ」

   ◇

 ――そこで目が覚めた。七月某日八時ちょうどだ。
 雨が――降っている。とても綺麗な雨だ。雨は悲しみの涙にも似て。しかし雨は、ねじったような風にまみれて、汚れてしまう。雨が降っている。どうして雨は降るのだろう。雨は自分の意志で降るのだろうか。否、そうではない――雨はどうして降るのか。雨は様々なメロディを創造する。すべての名演奏家と名作曲家をあざ笑うかのように。
 例えばそれは、鎮魂歌――やがて死ぬ運命となる人間たちに警告し弔うような、雨。
 例えばそれは、賛美歌――人の消え去りし世の大地と自然を褒め称えるような、雨。
 アスファルトに打たれる雨雫。それは砕け散って、それらは水たまりとなってしまう。どんな孤高を愉しむ個人でさえ否応なく集団となってしまう。それでも雨は降る。人々の心を濡らし、砕いていく。嗚呼、何故人は傘をさすのか。雨に濡れたくないからだ。雨に砕かれたくないからだ。
 雨が――降っている。とても綺麗な雨だ、と思う。雨。雨は悲しみの色をしている。雨。しかし、どうしてこんなに綺麗なのだろう。不要物(ハート)は苦笑する。雨――雨が、降って、いる。雨。雨は、鳴り止まない。それは、いまだ降り止まない。雨は世界のすべてを塗らしていく。どうして雨に嫌悪を示す者が多いのだろう。雨。不要物は苦笑した。雨が降っている。その嘆息を聞くものは――雨にかき消されたせいではないが――皆無だ。雨が降っていた。
 こんな雨は水の固まりだ。そして雨の中で想起する。以前、傘とは無縁の破天荒さで裏世界に君臨する孤独な王と戦闘した、あの日のことを――。忘れもしない、あの日のことを――。今日のように、決して雨は降っていなかった、その日のことを――。雨の中で想起する。不要物は苦笑し、雨の祭典の中を快走し、ギアを13速に入れて、カーブの向こうへと消滅した。
 雨、雨が、降っていた――。

   ◇

 晴るなら晴れれば、〆鯖の化石とも思わしき多面体墓を厭世的に撫でてやると、暁闇を引き摺る筑前煮街道からライヴ感覚の洗われ様で現出した透明円盤の彼女は、殊更彼方の夢幻環海のDOLLだったのか――人形の夢にして、月が見る悪夢、此方彼方に色彩王朝の消滅、誰もが同じビジョンを共有する砕けた珊瑚。それが、彼女。
「逆さまにはらドーナツを読んでんじゃないのっ、ハート」
 突然、不要物は、死に削がれた肩甲骨を健康にされたかに見え、その美しさを支える今朝覚えたての昏迷宮殿が《赤》の契機により救われた――かに見えた。
「八裂き森のひとつが回顧螺旋を越えて羽の凍結、こんな草臥れ儲けの奇蹟があるかよ」苦笑する。「今や便器の唄は、蒼きサンダハルに通いすぎた、と?」
 七色に点滅する彼女の瞳が応えている。否、と――。しかし、否であって否ではない。それは無論、否ではないということなのだ。巡り廻った果てに辿り着く、否。
 背丈万丈の不要物はその指を天界へ展開し、静かに直向きに泡を立て起こした。万感の深い霧が、まるでラムダ平野の圧倒的な晩秋を退屈に信じるかのような不束者だったが――。
 同時に、松明をしっかり握った灰色少年の翻る古城にして忘却の蒼蛙だった彼は、今や彼女を宿命の葡萄に抱え虚空へ舞い上がる。それでも二人は痩せ細った月を永遠めく気持ちで指さし続けた。
「ちょっと、ハート!? ニジェールのおひたし!? アンタなんか野焼き下痢! ますます囃せば文字通りッ!!」
「今宵みのらンゲア? 燻蒸の目尿~♪」
 ゲコ、ゲコ、なーんてな。
「何よ、ネオ玉川上水の個別恩赦出ずっぱり! でたらめ鉄拳トン毎時、間違いないんだからね!!」
「そいつはアジアウンコだな。でも、俺でなければならん。だって――三日月だぜ? ほら」
 二人は見るべくして視た。
 そこには新しい便座カバーがかけられていた。

 そして――そこには新しい便座カバーがかけられていた。
 

 

次の終焉に続く……(完)

 

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