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アセクシャルを自認したきっかけ+αを書いてみる

きたのアリーです。
プロフィール欄で「アセクシャル」と公言しているので、今日は「世の中には色んなセクシャリティがある」ということを知ってもらうために、noteにまとめてみようと思います。
過去の恥ずかしい経験も書いてますが、他人事だと思って気軽に読んで頂けると嬉しいです。(ヘビーな話は無いのでご安心ください)

アセクシャルってそもそも何だっけ?

「アセクシャル」とは、「無性愛」とも呼び、他人に対して恋愛感情を抱かない、他人に対してセックスやキスなどの性的な行為への欲求を抱かない人のことを指すセクシャルマイノリティのひとつです。
これは、性行為に嫌悪感を抱く「性嫌悪」や、そもそも性欲自体が存在しない「無性欲」とは異なるものです。

出典:noel「アセクシャルとは?アセクシャルの人の特徴&診断項目」 https://noel-media.jp/news/4440

性的マイノリティを示す「LGBTQ+」という言葉が一般的になってきましたが、アセクシャルはこの「+」の部分に含まれます。
マイノリティの中でも更にマイノリティで、仮設によれば人類の1%ほどが該当するとのこと。

個人的には、アセクシャルを自認するのは、かなり難易度が高いことだと思います。
なぜなら、
・性的対象が男性
・性的対象が女性
・性的対象が男性&女性
は、誰か一人でも性的対象と見ることができれば自認(=証明)できますが、
・性的対象がどちらでもない
というのは、証明が難しいからです。
「まだ自分に合う人が現れていない」「恋愛経験を積んでいない」「他に熱中している趣味がある」など、他に理由があって、「現在たまたま対象となる人がいないだけ」と捉えることが出来てしまいます。

私も上記の理由により、自認するまでは相当な年月を費やしました。

過去の恋愛で感じた違和感

中学一年の夏。
同じ部活の男の子に、人生で最初の「愛の告白」をしました。背が高くて大人っぽい雰囲気のイケメンでした。
後から思えば、これは「愛」ではなく、「憧れ」や「見た目が好き」といった類の、昭和世代で言うところのミーハー的なものだったのですが、当時の私には区別がつくはずもなく。
少女漫画ばりに「好きです、付き合ってください」と思い切って伝えてみたのでした。

結果は「OK」。向こうもまんざらでもない感じだったので、そこからお付き合い的なものがスタート。
ところが1か月、2か月が経過すると、なぜだか嘘のように気持ちの昂ぶりが収まってしまったのです。
自分から告白したくせに、不思議ともう1ミリも好きではなくなっており、戸惑いながらもそのまま疎遠に。

中学二年の冬。
他のクラスのガキ大将的な男の子から、初めて告白されました。
背が高くて喧嘩が強くて、成績は下から数えた方が早くて、顔はお世辞にもカッコイイとは言えなかったけど、女の子には優しい不器用な感じの子でした。
初めての告白で失敗していた私は、「愛するより愛されたいタイプなのかも」と自分を思い込ませて「OK」と回答。
当時は少女漫画の影響で、男の子と付き合うことに異様な憧れを抱いていたのです。

付き合い始めてはみたものの、少しもしっくり来ない。相手は何かと尽くしてくれて、普通なら好きになってもいい頃合いなのに、違和感しか感じないのです。
相手の家に遊びに行ってキスをされそうになった時に、腹の底から拒否感が沸き上がってきて「ごめん、無理」と口走ってました。相手は「そっか、まだ早いよねー」的なリアクションでしたが、自分的にはそこで終わり。
その後は、何とか誤魔化しながらも付き合い続けのですが、結局、私の引っ越しが理由で疎遠になりました。

高校2年の時にも同い年の彼氏が出来て、ファーストキスを経験したのですが、この時も相手のことを「彼氏」ではなく「弟」のようにしか見ることが出来ずに終了。
大学1年の時には、見た目が100%好みだった先輩といい仲に。初めて「この人なら長く付き合えるかも!」と思ったのですが、相手の家で初体験を済ませたことをきっかけに、これまた気持ちが冷めてしまったのです。

「なぜ付き合うとセックスをしないといけないのか」という違和感が常に浮かびつつ、それを違和感と思ってしまう自分のことも理解出来ませんでした。
友達に相談しても同じような考えの子は一人もおらず、「まだ自分に合う人に出会ってないだけだよ」と返されるばかりで、次第に孤独感や不安に苛まれるように。
その頃の日本では、アセクシャルはおろか、LGBTという言葉すらも一般に浸透していなかったので、私は何とも言えない違和感を表現する術がないまま、何年もモヤモヤを抱え続けていたのです。

私がアセクシャルを自認したきっかけ

前置きが長くなりましたが、アセクシャルを自認したきっかけは、30代に突入してからでした。

地元の飲み屋で出会った年上の男性と意気投合して、何度か会ううちに付き合うことに。顔も性格も好みで、一緒にいると穏やかな雰囲気に包んでくれる人でした。
家が近かったこともあり、何度もデートを重ねて、色んな話をしました。
初めて「結婚」を意識したのもこの人でした。「今度こそ間違いない」と信じていました。

それなのに、やはりダメだったのです。
相手が自分に性的なものを感じていることが読み取れてしまうと、拒否感が表に出てきてしまう。同時に、自分は相手に対して、一切の性的欲求を抱かない。
家で初めてそういう雰囲気になった時も、最後までいく手前で「ごめんなさい」の状態になりました。
結婚まで考えていたはずなのになぜだろう、と混乱しながらも、「さすがにこれはおかしい。普通じゃない」と感じたので、インターネットで夜通し検索し続けました。

その時に初めて「アセクシャル」という概念に辿り着き、ようやく過去の自分の言動に合点がいったのです。
目から鱗でした。納得しつつも「学校では教えてくれなかったじゃん!」と変な怒りのようなものも感じました。
同時に、「経験を積めば、相手を性的に見ることが出来るようになるかも」という少しの望みが打ち砕かれ、気持ちはどん底に。

色んな感情を抱えきれなかった私は、彼氏との次のデートの時、無意識に自分から別れを切り出していました。
彼氏にしてみれば、順調に上手くいっていたはずなのになぜ?という混乱しか無かったと思います。本当に申し訳ないことをしました。

それが最後の彼氏です。
以降、特定の相手は作っていません。

アセクシャルを自認してからの私

アセクシャルを自認してからは、告白してくれた相手には、きちんと自身のことを伝えるようになりました。
誤魔化して変な断り方をするよりも、正直に「貴方のことを性的に見ることができない」と伝えた方が、相手が理解してくれるし(理解してくれなくても諦めてくれる)、上手くいけば友人関係を維持することが出来ます。

仕事仲間&飲み仲間のとあるシングル男性は、私のセクシャリティを理解してくれた上で、友達以上恋人未満のような関係を保ってくれています。もしかすると、お互いにリタイヤして寂しくなったら、一緒に住んでいるかもしれません。

何が言いたかったかというと、アセクシャルはただの個性の一つであり、他の人と変わらず楽しい人生を送ることが出来る、ということです。
結婚したければ、友情結婚という選択肢もありますし、子供が欲しければ、体外受精という選択肢もあります。(私はどちらも性に合わないので遠慮しておきますが)

幸い、セクシャリティを公言することに対して、世の中は少しずつ寛容になってきているように思います。
人それぞれ悩みはありますので、自分を特別と思わずに、皆がお互いのことを思いやって前に進んでいけるといいですね。

少々長くなりましたが、ここまで読んで下さりありがとうございました。

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