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BIC特区Ⅱ-第12話 八宝塞がりの男たち

 結局、3人はケイスケの家に留まることにした。各々の家に戻る案も出たが、正体不明の相手と向き合う今、オンラインよりも直接対話する方が安全だと判断したのだ。

 ケイスケが差し出した冷えたスパークリングウォーターを、一気に半分ほど飲み干す。

「まずは情報を整理しよう」

 マコトが口火を切った。

「まず、タクヤの家に預言の詩とカギが届いた」

 指を立てるマコトに続けて、

「そして、その詩はリエさんが書いたもので、カギは道で拾ったものだった」と付け加えた。

「あ、そうだ、リエさんに直接聞いてみたら」

「うーん、あいつ予言について何か言ってたか?」

 マコトが頭をかきながら聞いてきた。

「意味は書き手じゃなくて、読み手が考えるって言ってました」

 リエの言葉を思い出しながら答える。

「つまり、あいつは詩は見えても内容はわからないってことだろ?口外するなって言われてるし、なにより女を面倒ごとに巻き込むのは俺のポリシーに反する」

 黙ってうなずく。リエを巻き込みたくない気持ちは一緒だと感じた。

「先に進めましょう」

 ケイスケの落ち着いた声を合図に話を進める。

 マコトは指を立てるのをやめ、話を続けた。

「タクヤが廃校に行って、カギで屋上に入った。そして殴られた」

 その時の痛みを思い出して、思わず顔をしかめた

「そこで、倉庫に筒みたいなものを見つけたんだ」

 両手で円を作り、その形を示す。

「どれくらいあったんだっけ?」

 マコトが首を傾げて尋ねてきた。

 記憶を必死に掘り起こし、頭の中で数を数えようとするが、はっきりとした映像が浮かんでこない。

「正確な数はわからないけど、20から30個はあったと思う」

「まあ、普通に考えて発射筒でしょうね」

 ケイスケが静かに言った。

「発射筒?」

 マコトと一緒に驚きの声を上げ、同時にケイスケの方を振り向いた。

「そう、こいつの」

 ケイスケは脅迫文が入っていた黒い鉄球を指さした。

「ってことは、筒の数だけ鉄槌があるってことか?」

 マコトが、声を震わせながら尋ねる。

「確信はありませんが、そう考えるのが妥当でしょうね」

 ケイスケは深く息を吐き、慎重に言葉を選びながら答えた。

 その冷静な分析に、背筋に冷たいものを感じた。20から30個の鉄槌。

「じゃあさ、みんなで廃校に行って、その筒をぶっ壊せばいいんじゃない?」

 シンプルな解決策が、時として最善であることを信じ提案した。

「うーん、廃校が奴らのいう『我々の領域』なら、踏み込んだとたんに...」

 マコトが眉をひそめながら口を開いた。

「鉄槌が飛んでくる」

 ケイスケが冷静に言葉を継いだ。

「もう八方ふさがりじゃないっすか」

 ため息まじりに呟いて肩を落とした。

「……」

「いや、そうでもない」

 ケイスケの冷静な声が沈黙を破った。

「少なくともいくつかのことはわかった」

 ケイスケは続けた。

「まず、犯人は何かを破壊しようとしている」

 マコトと一緒に無言で頷いた。

「ここで爆弾を作るのは非常に難しい。鉄球を何度も当てて、白い像を破壊しようとするのが妥当だろう」

 三人の視線が黒い鉄球に注がれた。

「確かに、素人が爆弾を作るのは不可能だし、そうでなくてもここで爆薬の材料を手に入れるのを管理局が認めるはずがない」

 マコトが言った。

「もしできるとしたら、トモヒサだろうけど」

 少し考えた後、マコトは笑顔で続けた。

「でも、あいつがこんな暑苦しいことするわけないし、そもそも理由がない」

「なんで、トモヒサさんだったらできるんですか?」

 疑問に思って尋ねた。

「前にも話したけど、トモヒサはバイオテクノロジーとか、遺伝子いじったバクテリアとか、薬品作るのが得意なんだ。だから可能性としての話」

 マコトの話を聞いて、以前に聞いたトモヒサの違法なリキッド製造のことが頭に浮かんだ。

「そして、犯人は恐らく『渡り人』だ」

 ケイスケが静かに言った。

「なんでそう思うんですか?」

 自分が『渡り人』であることを意識しつつも、その理由が気になった。

「それは…」

 ケイスケは言葉を濁し、口を閉ざした。

「もう、ここまできたらしょうがないでしょ。そもそも、単なる暗黙のルールだし」

 マコトが諦めたように溜息をつきながら言った。

 ケイスケが無言で同意すると、マコトが真剣な顔で言った。

「俺がこれから話すことをタクヤがどう受け止めるかはわからない。でも、これまで教えた暗黙のルールは守ってほしいし、何も変わらないと信じてる」

「わかりました」

 マコトは、言葉を選びながら静かに話し始めた。
 
 ………

 マコトの口から語られた真実は、想像を遥かに超えていた。理解が追いつかず、ケイスケとマコトを直視することもできなかった。

 その後も二人は、何事もなかったかのように淡々と会話を続けていた。その声が、まるで遠くから聞こえてくるかのようだった。

「明日の朝一で、リエを通じて何人かにさりげなく話を通しておきます」

 マコトがケイスケに向かって言った。

「うん、無理のない範囲でね」

 ケイスケが頷きながら返した。

「どちらにせよ、明日には何か動きがあるんじゃないっすか?まあ、ジタバタしても仕方ないので、飯でも食いませんか?」

 マコトが明るい声で言い、立ち上がって背筋を伸ばした。

「そうだね」

 ケイスケも立ち上がり、キッチンの方に歩いて行った。

「何か食べたいものある?」

 キッチンからケイスケの声が聞こえた。冷蔵庫の扉を開け、中を覗き込んでいる。

「俺、大事なことの前は中華って決めてるんです。酢豚とかエビチリとか」

 マコトがテーブルを片付けながら、明るく言った。

「じゃあ、中華にしよう」

 ケイスケが同意し、「うーんと、麻婆豆腐と八宝菜と…」とブツブツ言う声が聞こえた。

「はっぽうさい、八方ふさがりの俺たちにはちょうどいいっすね」

 マコトの話を聞いて以降、どう接していいかわからず黙っていたが、考えてもしょうがないと思い直して、少しでも場を明るくしようと思って言った。

「ぶっ」マコトが吹き出した。

「八宝菜の『はっぽう』は、方向じゃなくて8つの具材が入っていることで『宝』なんだよ」

 マコトは膝を叩きながら大笑いした。

 顔が熱くなり、恥ずかしさから思わず一緒に笑ってしまった。その瞬間、中華包丁を手にしたケイスケが現れた。

 笑いが止み、部屋の空気が一変した。

「どうしたんすか?ケイスケさん、怖いんですけど」

 マコトが戸惑いながら尋ねた。

「俺、わかっちゃったかも」

「え!?」

 ふたり同時に声を上げた。

「白い像」

 ケイスケの言葉が、部屋に響き渡った。

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