短編 幽斎庵事件帳

時は明治28年 神無月
「みなさんこんばんは、幽斎でございます…私は東京から程よく離れた田舎町所沢で、古書を扱う古本屋の店主にございます。どういうわけかアヤカシ事に縁が深く、日々不可思議に追われる毎日、一時この幽斎の独り言にお付き合いいただければと思う次第にございます」

第一話 「フクネコサマノコト」
ある日のことでございました、私は川越で行われた古書の競売にでかけお目当ての古書を風呂敷包に入れてこの所沢の街まで帰ってきたところでございます。
所沢の街から山口の庵まで、歩いて暫く私はのんびりと秋の風情を楽しんでいる処でありました。
 「にゃーお」
 「?」
 「にゃーお?」
 「おや、猫か…」
 「お前、僕の言葉がわかるだろ、立ち止まって拝んでいったらどうだ?」
見ると林檎の箱の中に、見慣れぬ三毛猫が鎮座しておりました。林檎はまだ東京でも珍しいハイカラな食べ物でございます。三毛猫よりもそのリンゴ箱に私は目を奪われました。
 「これは珍しい、林檎とは…」
 「お前どこを見ている、僕を見ろ」
 「おや君、人語を解するかね?」
 「僕のしっぽを見るがいい、ちょっとしたもんだぜ」
見れば猫のしっぽは二股に別れ、ゆらゆらと揺れておりました。
 「おやこれは珍しい、君は猫又かね? 処でこの林檎の箱はどうした?」
 「林檎の箱などどうでも良かろう? 僕は珍しい本物の招き猫だ、僕を拝めば商売繁盛間違いなし」
 「本当かね? 拝んだものの金気を頂いていってしまうのではないか?」
 「そんなこそ泥のようなことをするか! 僕は誇り高い猫なのだ、お前もこの辺の住人なら聞いたことがあるだろう。福猫様の昔話を…」
 「ほう…」
 そういえば聞いたことがありました、江戸の昔、ある男が猫を拾い、商いをしていたが立ち行かず泣く泣くその猫を手放すときに、赤飯とイワシを振る舞い、猫にこう言い聞かせたという話
 「お前は確かに魔性の猫だが、その魔性で人を困らせるために使ってはいけない、人を幸せにするためにその魔性を使うのだよと…」
 後にその猫は、どういうわけか近くの宿屋で拾われ、猫の愛嬌もあってその宿は大層繁盛したとのこと。
 「そういうわけだ、さっさと僕を拾って崇めるのだ、見ればお前、売れぬ本屋と見た、僕を拾えば商売繁盛間違い…、ナ、何をする!」
 「たしかに君は面白い子だがね、ちょいと私はこちらの箱が気になる」
 「やめろ、僕の家に何をするか!」
 「今私が困っているのは、金よりも、この大量に仕入れた本なのだよ。もう風呂敷からこぼれ落ちそうでね、ちょうどよかった」
 猫は驚いた顔で私を見ています。それもそのはず、猫を箱からだし私が風呂敷包みの本を丁寧にリンゴ箱に詰め込みだしたのですから。
 「お前? 金より本が大事なのか?」
 「金は天下の回りものと言うだろう? 食えるだけあれば十分だ、溜め込み、循環させねば意味がない、それは五形の氣全てに言えること、流さず、溜め込み、循環させる意思がなくばその氣はいずれ腐ってしまうよ」
 「おまえ、面白いやつだな… 僕を見ても眉一つ動かさんとはと思っていたが、僕相手にそこまで講釈をたれた人間は前の飼い主殿だけだ、面白い、僕はお前についていってやる。賽銭代わりに毎日イワシ2匹を所望する」
 「随分と贅沢だね? いいだろう、君が我が家に蔵が建つくらい奉公してくれたら考えてもいい、それまではアジの開きだがね」
 フウと一言いうと、それでも猫は我が家についてきました。
 やもめぐらしで丁度いい同居人ができました。
 今日はこれまで。

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