日本のお笑いが世界を救う - 一念三千(1)-
先日、テレビ番組でお笑い芸人さんたちが優勝を目指して競い合っている姿を見た。何気ない日常生活を切り口に、その方たちは、視聴者が爆笑するようなネタを作り、磨きを掛け、直前まで練習をされ舞台に臨まれた…。そして、その本番を判定する有名人たちは、頭をかき、もがきながら甲乙つけがたい内容を吟味され点数を付けられていた…。
日本には、おそらく数万を超える人たちが「お笑い」の世界で精進されている。しかし、その頂点ともいえる輝かしい座席は、母数に対してあまりにも少ない。そのため、彼ら彼女らは、互いに仲間でありつつもライバルとなり、「お笑い」に対して真剣に向き合っている。笑いと真剣…。相反する世界を一つへと思索するプロたちが、その面白さや愉快さを「お笑い界」といわれるほどの日本文化へと押し上げた。
日本の歴史を顧みると、神道のお神楽から歌舞伎など、クスッと微笑むような題材は多い。そして21世紀の現在、その微笑みのDNAは、爆笑という形で引き継がれ、私たちの心を開いてくれる「お笑い」へと昇華された。人々は口にする、あれはたんなる笑いではない。「お笑い」だと…。
『法華経』には、天台大師が提唱した「一念三千」という哲理がある。筆者が一言で表現するとしたなら、「私の心と世界はつながっている」であろう。その世界を「お笑い」の角度からのぞき見ると、そこには、心重くなる家庭や社会、世界での出来事を素材としつつも、日本中の人々が笑顔になってもらいたいと願い、精進されている芸人さんたちがいる。「お笑い」の番組やSNSにくぎ付けになる人は、微笑みの下地ともいえる日本の歴史と芸人さんたちの下積みや精進の現実を感じるからこそ、安心して笑え、そして感動を覚えるのであろう。そして筆者は、「お笑い界」を先導してくれた方たちに「有り難うございます」と思いつつ、日本を冠する某テレビ局の大喜利を「さすが!」「お見事!」と大笑いしながら寝転んでいる。
そういえば、ほぼ裸の芸人さんが世界の爆笑と喝采をさらった特集番組を見た。手を叩く審査員と客席…。帰り道に友人と「面白かったな!」「家で真似しようかな」と肩を寄せあう姿が目に浮かぶ。できれば某国の大統領たちに、この会話に加わってもらいたいものだ。日本のお笑いの心が世界を救うであろう会話に…。
九拝 龍
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