No.21 母への気持ち
へっぽこ娘
特別養護老人ホームに入居する2週間ほど前、母がデイサービスに行っている時間を利用して、入居に必要な物を姉と共にリストに従って揃えた。2つの大きなバッグに詰めたその荷物は母の目に触れないように入居まで私の部屋に隠しておいた。それは、気にし出すとずっとそれにとらわれてしまうという今の母の状況があるため、余計な気持ちの動揺をさせたくないという私なりの配慮からだった。そして、入居日まではできるだけいつもと変りなく過ごすよう努力した。
デイサービスは入居前日まで利用し、最終日の帰宅後に、明日いよいよ新しい家に行くことを母に伝えた。ほとんど表情は変わらなかったが、着るものや持って行くものを気にしていたので、全部準備が整っているから安心してねと伝え「明日出かける前にちゃんと見せるから確認してね」と言うと、まあまあ納得した様子だった。ここですぐに荷物を見せなかったのも、前述のような配慮からだった。
その日の晩は息子夫婦と孫が来て賑やかな夕食となった。母の送別会ということで来てくれたのだが、母を送り出すような言葉は誰ひとり発することなく、孫を囲んで楽しくおしゃべりをし、息子たちが帰ったあと母はいつもと変りなく床に入った。
入居当日の朝、私は約束通り持って行く荷物の中身を全部母に見せ「今日これから新しい家に行くからね。ちゃんと準備できているから大丈夫だよ」と少し強めの口調で諭すように伝えた。今思うと、そのときの私は感情に蓋をして母の気持ちを敢えて汲み取らないようにし、必死で平静を装っていたような気がする。
母の入居に立ち会ってくれるということで、ほどなくして姉が到着。2人で荷物を車に積み込んだあと、母は何も言わずにすんなりと車に乗り込んだ。施設に到着後も母はいつになく落ち着いていて、スタッフの方にニコニコと挨拶をし、入居に際しての説明を受ける私たちとは別行動になり、先に自分の部屋へと案内されて行った。
説明が終わり母を追って部屋に行くと、母はすでにユニットのリビングで他の利用者さんとお茶を飲んでいた。とりあえず良かった。安堵の気持ちでいっぱいになる。持ち込んだ荷物をスタッフさんに確認してもらった後、姉と共に備え付けのチェストに衣類を収納し、母には「きれいで明るい部屋でいいねー」「いいところでよかったねえー」という言葉を連発し「また会いに来るからね」と伝えて帰ってきた。予想以上にすんなりと入れたことを姉と喜び、その旨を早速弟にも報告した。長い一日だった。
夕方、主のいなくなった母の部屋に入ってみた。母が使っていたベッドやタンス、トイレやクローゼット、そこにあるもの一つ一つが愛おしくて、初めて熱いものが胸に込み上げてきた。昨日まであんなに闘ってきたのに、毎日大変でこの状況から早く抜け出したかったのに、愛おしさに埋もれてしまってその時の感情が思い出せないのが不思議だった。
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