香水のせいだよ
香水をなぜつけたがるのかわからなかった。そもそも色気づいたときに試したこともあったけれど、買ったことで満足してしまった。ついでに自分に必要ないかも、と思った。
まあ香水に縁のない生活をしているわけだが、気分転換になるんじゃないか、と最近つけるようになった。
香水というのは、ただもてたいとか好印象を与えたいからするものでもないのだろう。若い男性ファッション雑誌でやたら香水を紹介している。でもじつは若い頃は必要のない代物だと思う。女子受けするやつとかいうけれど、そもそもやたら複雑な匂いをたてるより、単純に清潔なほうが百倍好ましいものだと思う。年をとってもそうだけど。
ときたま男でも女でも強烈ににおうやつにでくわしたりもするが、あれじゃあ興ざめだろう。
そんななら運動後にシーブリーズを使うほうがよっぽど好感度があがるというものだ。
いま自分は、ディプティックをたまに使うけれど、そもそも人に会わないので、自分で楽しむために使っている。かけてから少しして、一瞬鼻をかすめる瞬間がいいのだ。衣服よりも慎ましくまとっている感じがいい。
香水はブランドもさることながら、物語をそばに置くことになるんだと思う。
これまでの人生の晴れ舞台、これまでの人生のまっすぐでもなかった流れを、自分の匂いと混ぜられたオリジナルの香りでまとう。
そういう妙な空想をすることがある。
なのになぜか、これまで自分が考えてきた人生と別の人生を歩んできたような、塗り替えられたような気持ちになるのだ。
ウッディとかオリエンタルとか、説明されてもさっぱりわからないので、ひとまずデパートでいろいろ嗅ぎまくっていたら、なんだか鼻が麻痺した。
実際に身体につけてしばらくしないとどうなるのかも不明だし、昔みたいに芸能人が使ってるとか人気とかのほうがいいのかもなーなんて思った。ネットで検索すれば誰々さんが愛用、なんて記事がくさるほどでてくるし。
最終的に決め手になったのは、なるほど香水をつけるというのはいうなれば晴れ舞台のとき、みたいなもんなんだし、自分に合うとか好きとかでなく、なんというからしくないくらいのほうがいいのではないか、と思ったのだ。白檀の香りが自分に似合うようには思えなかったので。自分とはべつの嗜好と人生を歩んで来た人の匂い。だが、自分としては好もしいと思える人物の似合いそうな。
背伸びですらないものをまとうのも面白い、と思った。
なにかああいう匂いの似合う人を演じるような気分になって逆によさそうな気がした。
香水とは、そういうものなのかもしれない。
そんな人物に一瞬でもなったように錯覚させ、気持ちを変える。
次第にそれが自分に似合うようになるような。
だからみんな、有名人と同じ香水だの人気ですとすすめられるものでも、とりあえずひとつのファンタジーとしてつかえばいいのだと思う。
言葉にせずとも、なんとなく。
まあきつくかけすぎないほうがいいと思う。ほのかな匂いこそが雄弁なのだ。