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【光る君へ】悪霊左府・藤原顕光のついてない一生(後編)

 後の世で『悪霊左府』と呼ばれるようになった藤原顕光あきみつの踏んだり蹴ったり譚、後編です。
 前編では政治的敗者寄りのポジションだった顕光が捲土重来! と意気込むも不運には勝てなかったという話をご紹介しました。

【光る君へ】悪霊左府・藤原顕光のついてない一生(前編) 

 今のままでも言葉のかけようのない顕光ですが、更に目を覆うような悲劇が待ち受けています。

前編でも書きましたが、大河ドラマ『光る君へ』のネタバレがありますのでご注意ください。

言うことを聞かない子どもたち

 1001(長保2)年末、後ろ盾がないにも関わらず一条天皇から妄執に近い愛情を受けていた定子が産褥死しました。
 満11歳になった道長の娘・彰子が入内して中宮となり、定子は皇后という『二番目の正室』の位に落とされていました。その上、兄・伊周の失脚によって実家は離散し、中下級貴族である受領ずりょうの家で出産せざるを得なくなりました。そんな不幸の末に崩御した定子の運命の儚さに、貴族たちの間ではセンチメンタルな雰囲気が流行しました。
 その空気にあてられてか、顕光の嫡男・重家が突然出家してしまいます。
 顕光は嫡妻ちゃくさい盛子せいし内親王(村上天皇の皇女)との間に一男二女しかなく、身分の高い妻への気兼ねからか多くしょうを持てなかったようで、他に跡を継ぐに足る身分の息子の存在は確認されていません。

 失意の顕光を、更に娘・元子のスキャンダルが襲います。
 元子は一条天皇の後宮から下がっていましたが、プレイボーイとして名を馳せていた源頼定よりさだと情を通じてしまったのです。
 頼定の嫡妻は受領の娘で、仮にも一条天皇の女御だった娘が格下の家に負けて妾扱いされることに耐えられなかった顕光は、強引に元子の髪を切って出家させます。
 しかし二人の恋は困難によってより燃え上がり、元子は頼定の家に家出してしまいました。このことによって元子は頼定の妻として歴史の中に埋もれ、他の一条天皇の女御たちと違って生没年が記録されませんでした。

 この事件をモデルにしたエピソードが、久世番子先生の漫画『ぬばたまは往生しない』に登場します。
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 当時窮屈に生きざるを得なかった女性が自由の道を探る生き様は、久世先生の代表作『パレス・メイヂ』にも通じるものがあります。

 嫡男がいなくなって実質お家断絶状態となり、娘も家の名を落として、顕光は追い詰められます。
 また実資のロビー活動が功を奏して、この頃すでに顕光には無能の烙印が押されていました。

夢も希望もない最期

図2 敦明親王をめぐる家系図

 八方塞がりになった顕光でしたが、もう一人の娘・延子えんしにはまだ希望が残っていました。
 延子は三条天皇の皇子・敦明あつあきら親王と結婚していました。
 当時の皇位継承は複雑で、村上天皇の皇子の冷泉天皇系と円融天皇系の皇子が交互に即位していました。これを両統迭立りょうとうてつりつといいます。
 三条天皇は冷泉天皇の皇子で、一条天皇の三歳歳上の従兄になります。一条天皇が25年間皇位に就いていた間、『さかさの儲けの君(歳上の東宮)』として留め置かれていました。
 この間に、彰子は敦成あつひら親王と敦良あつなが親王を生んでいます。
 1011(寛弘8)年に一条天皇は崩御し、三条天皇は念願の即位を果たします。

 しかし道長は早く孫の東宮・敦成親王を即位させて摂関の座に就きたいので、三条天皇に有形無形の嫌がらせを行います。
 保険として娘の妍子けんしを中宮に立てつつ、敦明親王の母・娍子せいしの皇后立后の儀式を邪魔するなどが最たるものです。
  眼病で目が不自由になった三条天皇は、6年後の1917(長和5)年に敦成親王に譲位します(後一条天皇)。
 三条天皇は次の東宮を敦明親王にするようにと道長に約束させ、間もなく崩御しました。

 敦明親王と延子の間には息子がいて、もし敦明親王が即位してその子に皇統が繋がれば、顕光は今度こそ外戚になれます。孫の前途を、顕光はおおいに期待したでしょう。
 しかし、顕光は無能のそしりを受けて人望も地に落ちていて、東宮の後ろ盾としては頼りないことこの上ありませんでした。
  世の趨勢は完全に道長が握っていて、当然孫の皇統を手放すつもりはありません。死人との約束などなかったことにして、敦明親王にも圧力をかけます。
  圧に負けた敦明親王は『准太上天皇』扱いを受けることを条件に東宮を辞退し、新たに後一条天皇の弟・敦良親王が東宮になりました。ここに両統迭立は解消されます。
  この際、敦明親王は道長の娘・寛子かんしを妻とすることとなり、顕光と延子のことを捨ててしまいました。入内レースは、三人の娘を入内させた道長の完全勝利でフィニッシュしたわけです。
  顕光の儚い希望は絶望に変わり、延子は1019(寛仁3)年、顕光は2年後の治安元(1021)年に亡くなりました。
 

 悪霊左府の誕生

  この後、権力の絶頂を極めた道長の娘を相次いで不運が襲います。
  まず1025(万寿2)年に延子から敦明親王を奪った寛子が亡くなります。
  同年、東宮・敦良親王の妃となって将来の中宮の位をほぼ約束されていた嬉子きしが皇子を残して産褥死。また二年後の1027(万寿4)年には皇太后になっていた妍子も崩御しました。
  道長は豪胆な割に小心な面もあり、兄道隆とその娘定子など自分が陥れた人物の怨霊を恐れていました。
 幸い、清少納言が定子の聡明さとチャーミングさをこれでもかと描いた『枕草子』が回し読みされたおかげで定子のイメージは保たれ、表立って怨霊としては見なされませんでしたが。

  道長は娘の不幸も、顕光と延子が祟っているからだと考え、鴨川沿いに法成寺ほうじょうじを建てて自分が追い落として犠牲になった人たちの冥福を祈りました。
  もっとも、法成寺を建てる際に他の建物の木材や礎石を奪ったので、どれほどの功徳があったかはわかりませんが……。
  生前何をやってもうまくいかなかった顕光は死後に悪霊として恐れられたのでした。
 とはいえ、多くの人々を恐れさせて何社も神社を建てさせた三大悪霊、平将門・菅原道真・崇徳天皇には及ばなかったあたりが顕光らしいですね。
 

呪いのエピソード

 そんな顕光なので、同時代資料や説話にも呪いをかけたというエピソードが残されています。
 まず、実資が『小右記』に「顕光から呪いの言葉を吐かれた」と記しています。
 実資は「世間の皆が顕光を無能だと見下し嘲笑しているのに、どうして自分だけ呪詛されるのか」と不思議がっていますが、みんなが読む日記に顕光の無能さを強調して書けば呪われてもしたかない気がします。

 また、『宇治拾遺物語』には、以下の説話が書かれています。
 道長が法成寺に参ろうとすると、連れていた白い犬が寺に入らせないように行く手を阻みました。
 不思議に思った道長が家臣の安倍晴明に占わせると、法成寺の境内に呪物が埋められていることがわかりました。
 境内の地面を掘り起こすと、二枚の土器の縁を合わせて黄色い紙紐で十字に縛った呪具が出てきました。
 晴明は「これだけの呪具を作れるのは自分以外には道摩どうま法師しかいない」と報告します。
 道摩法師を捕らえて尋問すると、「顕光に依頼されて呪った」と供述しました。
 もちろん説話なので信憑性は高くありませんが、当時の顕光が周囲からどのように見られていたかは伝わります。

知れば知るほど面白い

『光る君へ』は長い大河ドラマの歴史で初めて平安時代中期を描く、画期的なドラマです。
 今まで平安オタク以外には知られていなかった多くの人物にもスポットライトが当てられています。
 放映前は『藤原ばっかりでキャラの区別がつかない!』と言われていましたが、大石静さんの巧みな脚本で少しずつ顔と名前と役割が一致し始めた人も少なくないでしょう。
 当然ながら、史実の人物はそれぞれ与えられた境遇の中で一生懸命に生きてきました。
 今回紹介した顕光も史実的にはマイナーですが、深掘りすればこれだけの物語が見えてきます。

 つらいことばかりに見える顕光にも、少しだけ楽しげなエピソードがありました。
 彰子が敦成親王を生んだ祝いの宴で、貴族たちはてんでにお酒を飲んでいました。藤原公任きんとうが紫式部に「ここに若紫はいませんか」と聞いた場として有名な宴会です。
 ここで顕光は酔っ払って几帳きちょう(カーテン状の衝立)の縫い目を引きちぎって、その内側にいる女房(この時代では女性の使用人のこと)にたしなめられて逆に品のない冗談を投げかけていました。
 単なるセクハラおじさんエピソードのようにも見えますが、顕光の人生もただ悲惨なだけではなかったことがわかります。

 人物を知ることでより深くドラマを楽しめるようになれるので、ぜひとも調べてみてください。私も知る限りの人物を紹介できればと思います。

 それでは私は今日も元気にFGOの周回に励みます。
『顕光殿、お目覚めを!』

参考文献

永井路子『悪霊列伝』(ゴマブックス)
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橋本治『桃尻語訳枕草子(上)』(河出文庫)
https://amzn.to/3vxwbQ4
繁田信一『殴り合う貴族たち』(角川ソフィア文庫)
https://amzn.to/3PyFl5C
山本敦子『枕草子のたくらみ』(朝日選書)
https://amzn.to/3TQFDHF
山本淳子『紫式部ひとり語り』(角川ソフィア文庫)
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新潟県立歴史博物館監修『まじないの文化史 日本の呪術を読み解く』(河出書房新社)
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