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関数男物語 〜灼熱のヒト01〜

 夏。日本海から押し寄せる湿度。山間の盆地にある間黒市は、信じられない熱気と湿度に包まれる。数男の勤務する表計算小学校の職員室は、地獄のようだった。学期末の夕方。悲鳴にも似た叫び声が印刷室で飛び交っている。

「印刷機が、壊れました!」
「プリンターの調子がおかしいです。」

 そう。湿度のせいで、紙という紙が湿気ってしまい、印刷機やプリンターを詰まらせ続けているのだ。しかし、かと言って印刷を止めるわけにはいかない。夏休み前に配付する手紙類が莫大な山となって待っている。

 そのような危機的な状況下で、数男は非常に苛立っていた。数男を苛立たせていたのは、「通知表」である。確かに通知表を手渡すことに法的な根拠は存在しない。しかし、数男は、通知表を渡すこと自体には反対ではなかった。
 では、そんな数男を苛立たせていた通知表とはというと、「表計算小の通知表作成の仕組み」だったのだ。

 表計算小では、学期ごとに合計3回、通知表を子ども達に手渡している。内容は、至ってオーソドックスなもので、教科ごとの成績と学校生活の様子についての所見。また、出欠の記録も載っている。
 しかし、それら全てがアナログなのである。なんと、専用の厚紙に記入用の枠を印刷したものが用意される。その枠に、成績はハンコ押し、所見はWordで打った文章をシール印刷して貼り付けるという手法だった。また、出欠については、日々、出席簿に記入したものを数え、手書きしていた。
 そして、何よりも恐ろしいことに、成績に関しては、各担任がそれぞれにワークテスト付属のソフトを使ったり、手書きのメモに基づいて作成したりしていた。

 数男は、4月の時点で、その事に薄々気付いてはいた。しかし、赴任直後のドタバタで有耶無耶にしてしまっていたのだ。そんな自分の愚かさを呪いながら、数男は、黙々とシールを剥がしていく。

 このシールがまた手強い。あらかじめカットされたタイプを使うのではなく、ノーカットタイプの台紙を「通知表の枠の大きさに合わせてカット」してから剥がさなければならない。元々薄くて剥がしにくい上に、湿気を纏ってヘニャヘニャになった所見シールと格闘しているうちにあっという間に時間が溶けていく。

 数男の精神は、崩壊しそうだった。

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