クロスロード|想い出は流れるまま〜卒業

 三寒四温、そして春の足跡。桜の話題がちらほら場違いでもなくなってくる頃、卒業式の季節が今年もまたやってくる。大学を卒業して以来、この季節になると一人の男性を思い出してしまう。決して忘れてしまいたい思い出というわけではないし、二人だけが持っている想い出があるというわけでもない。

 大学四年、あの頃は今よりも「夢」を信じていたし、叶えるつもりでいた。そのために、周りの友人たちが足早に就職を決めていく中でも、周りとの違和感を抱えつつ、一人それを引き寄せるために真剣に動いていた、いや動いていたつもりだった。結果、すこし方向違いな動きをしていて遠回りはしているけど、今の自分、あのころ描いていた未来の自分に近づいているはずだ。
 当然そんなことをしていたので、卒業式の前日になっても就職の決まっていないのは自分だけになっていた。卒業祝いと人生の新たなる門出を祝うために、無責任な噂話と、煙草の煙に包まれて、仲間たちと地下の居酒屋で学生最後の呑み会を開いていた。
 ほとんどアルコールを受け付けない体の私だったがその日は目の前のビールを何故か口にしていた。今思えば、普通に就職してしまった方がよかったのじゃないかと問いかける自分自身を打ち砕きたくアルコールの力に頼ってしまっていたのだろう。
「強い女が珍しく酒にすがってるぜ、そんなに俺たちとの別れが辛いか。いやそんなんじゃないな、そんなに俺たちがこいつの中で高い地位を占めてる訳もないしな」
 と顔を赤らめてカクテルを呑んでいる男友達の姿はすでに焦点を失ってぼやけて見える。
 強い女というイメージにもさんざん嫌気を感じていた。只、周りの男性と同じくらいある身長という事から派生させて張り付けられてしまったレッテル。中学生の頃からそのレッテルに振り回されるように、あるいは演じることを強要させれられているように、言動が男性化していったのは事実だから仕方ない。
 それに相反するように自分の中では女性のかわいらしさとかにあこがれ、羨望するようになった。時には嫉妬が友人を傷つけたこともあった。皆、無いモノを望んでいる、それを忘れていた。
 呑み会自体は、楽しく時間が過ぎていった。自分の中で抱える問題自体は先送りにしても、今は自分を許せると思い始めてから、楽しく時間を過ごすことができた。
 しかし、呑みすぎた。ビールをコップ二杯呑んだけだが、私にしてみれば無理をしている。四年間ほぼおなじ授業をうけつづけた親友がウーロン茶を私の前に置いてくれた。彼女から見ても酔って危うくみえるのだろう。

 店からも閉店の案内があり、仲間達はそれぞれのタイミングで店を出始めていた。
 私も店を出ようと席を立った、いや、立ったつもりだった。椅子から降りると膝に力が入らず腰砕けのようによろめいた。次の瞬間私は、煙草の煙に覆われた天井を見ていた。
 私はいわゆる「お姫様抱っこ」と言うやつをされた状態だった。椅子から降りてよろめいた瞬間後ろの席に座っていた男友達に倒れかかった、倒れかかってきた私を何故か彼はうまく抱き上げた。
 彼は私をおろさず、そのまま店を出て地上に向かう階段を黙々とあがっていった。途中で仲間の冷ややかな声が私に浴びせられる。彼はそんな声は気にせずに階段をあがり続ける、私は降ろしてもらえそうもない。
 彼は階段をのぼりきると、私を近くのベンチに降ろしながら「好きだったよ」と私の耳元で言った。

「電車最終乗り遅れるとまずいから、お先に」彼は時計を見ながら皆に大きな声で別れを告げて、街の灯りの中に消えていった。
「酔いまだ抜けてないみたいね、顔赤いよ」ウーロン茶を私にくれた親友が私の顔を見てそういった。私はまだ呆然として座ったままでいる。
「念願かなって、お姫様抱っこじゃん。まあ、想いの人じゃなくて残念だっただろうけどね。あいつって思ったよりたくましいんだね、背もそんなに高い訳じゃないし、なにかスポーツやってるって話も聞いたことないからね、もしかして隠れて鍛えてたのかもよ」私の隣に腰掛けて、彼女は、笑いながらそういった。
 私は、ふてくされて時々「どうせ私なんてお姫様抱っこなんて夢のまた夢なんだから」と周りに冗談で話していたことがあった。そんなことも思い出せないくらい彼の最後の台詞がどうしても頭を離れなかった。しばらくして、過去形だったことに気がつきよけいに台詞が頭を巡る。

 卒業式の当日、彼の姿を探したが見つけることはできなかった。

 その言葉を私は、素直に喜んでいたと思う。恋には発展しなかったけど、自分のことをそこまで想っていてくれたことに感謝していた。自分がふと冗談に紛れて漏らした本音を真剣に受け止めてくれていた人がいたことが幸せだった。ただ友達に「普段、隙を見せてたらもう少し早く彼も行動に出られたんじゃない」と言われたのはしばらく心に後味悪く残った。
 そして今年も卒業式の季節が巡ってきた。彼とはあの日以来、会う機会も当然ない。
 未だにレッテルとの戦いは続いているが、時の流れとともに、自分自身の中での戦いは済ませることができつつある。肩肘張ってレッテルと戦って自分を偽り続けるよりもそれを逆手にとったり、利用したり、少し余裕ができた。それはもしかしたら、彼と親友のおかげかもしれない。

蛇足

1999年3月初稿 2002年2月6日改稿

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