テレイドスコープ

霧雨51号
テーマ「翻訳」
作者:槌野こるり
分類:テーマ作品

テレイドスコープ:カレイドスコープの変種で、筒の先端にレンズをつけることで、のぞいたものを万華鏡様にする。「遠距離」から名づけられた。スコープを向けた先の物体が、何度も反射を繰り返して映像を作る。
『華麗な夢の世界 万華鏡』照木公子編 文化出版局 より

 昔から、運河のある街に憧れていた。小樽、倉敷、京都。海外ならばヴェネツィアやオランダのアムステルダム……。運河でなくてもよい。例えば、霧の出る街。蜃気楼の出る魚津にも憧れる。それか坂のある街。ランタンの灯る、長崎のような。熊本に松山、路面電車の走る街も好きだ。とにかく、私はどこか非日常感の漂う街に行きたかった。
 だから、母から「街を出てもよい」と言われた時、私は迷わず運河のあるこの街の大学を選んだ。私は、運河と煉瓦造りの建物を見ながら大学へ向かうのを楽しみにしていた。だから何かの拍子に「運河とは細長い水溜まりのことだ」と聞いてしまった時には、酷くがっかりしたものだ。
 それなら、私の生まれた街とおんなじじゃないか。

 私が生まれたのは、岬の先っぽにある小さな街だ。三方を海に囲まれていて、残る一方には山がある。街は海風にさらされているから一年中涼しくて、真夏日なんて年に数えるほどしかない。住宅やお店などは、海から少し離れた小高い丘の斜面に沿って建っている。小さな街だが意外と資源は豊富で、海からは美しい貝殻、山からは色とりどりの鉱石が採れる。それらを使ったアクセサリーや画材はよく売れて、都会のアクセサリーショップや有名な画家も御用達らしい。それからなぜか本づくりが盛んで、かつてはつくった本を大きな町まで売りに行っていたそうだ。今は細々と製本所が営業しているだけだが、いつ覗いても忙しそうなのでそれなりに需要はあるのだろう。一応スーパーや個人営業の食料店もあるけれど、基本的には今でも自給自足で、高台にある田んぼや畑では一年中何かしらの農作業をしている。私の実家も畑と田んぼをいくつか持っていて、日々の食事はそこで採れたものでつくっていたから、下宿のためにこちらに来て、食料品の値段の高さに驚いた。あとは農場で牛に豚に鶏、それから羊も飼育されていて、この春にも子羊が生まれたばかりだ。
 これだけ聞くと、少し変わっているがまあ日本中探せばそんな場所もあるだろう、という感じの街だが、本当に私たちの街が他と違っているのは、このことではない。
 建物の前を通って、丘の頂上まで続く道は、螺旋階段のように丘に巻き付いている。その両側には全てガードレールが設置されている。ガードレールから下を覗き込んでみると──たぶん誰かに制止されるだろうが──水路のようなものが見えるはずだ。深い深い水路。もし酷く晴れた日が幾日も続いて、そこが乾ききっていたとしても、底は決して見えない。あるのは果てしない闇だけ。けれど、そこに流れるのは水ではない。
 泥。そこには乳白色のオーロラみたいなとろりとした泥が流れている。だから私たちはそこを、水路でなくて『泥路』と呼ぶ。泥は海にも混じり込んでいる。海沿いの道路を囲むように設置されたガードレールにはいくつかの切れ目があって、そこから長い階段を降りると、砂浜に辿り着く。砂浜から海を見ると、海の色は霧がかかったように白い。泥は一見するととても美しいもののように見えるだろうが、それはほんの表層にすぎない。泥路に流れている泥や海を長い棒か何かでかき混ぜてみると、途端に色は変わる。世界中の汚いものをすべて集めて煮込んでもこんな色にはならないだろうと思うような、濁りきったどろりとした何か。酷く醜いそれを、普段から好んで見るような人はいない。けれども大雨の時にはこの泥はすぐに溢れてしまう。雨の降った翌日に泥路の側を通って、汚い色の泥が溢れかけているのを見ると、人間の醜さを否応無しに突き付けられている気がするから、私は梅雨が嫌いだった。

 この前、大学の講義で「翻訳」をテーマにレポートを書けという課題が出た。『翻訳』。私にとっては身近すぎるテーマで、だからすぐに何を書くかも決まったのだが、他の人にとってはそうではないようで、講義後同級生たちに話しかけられた。
「ねえ、レポート何書くか決めた?」
私は得意気になって、普段はほとんど話さない街のことや『翻訳』のことまで話した。
──私の生まれた街では、道の脇に『泥』が流れていて、その『泥』によくものが飲み込まれるの。飲み込まれたものは海まで流されて、最後は砂浜に打ち上げられるの。その汚れを落とすことが『翻訳』で、それを仕事にしているのが『翻訳師』
 それを聞いた彼女たちは困惑したような表情を見せて、こう言った。
「『翻訳師』って……、何?」
 情けないことに、私はそこで初めて、自分の知っている『翻訳』と、彼女たちが言っている翻訳とが違っていることに気が付いたのだった。

 私たちの街で『翻訳』といえばただ一つのことを指す。けれども、実は私が彼女たちに『翻訳』について言ったことは、実際の『翻訳』と『翻訳師』のことを半分も説明していない。
 この街で道の両側に流れる『泥』に何かを落とすと、それを拾い上げることはできない。落としたものは海へと流れていく。そして海を漂った後、最後は砂浜に打ち上げられる。海に何かを落としても、それは砂浜に打ち上げられる。しかし打ち上げられたものは元のものではない。ものは『泥』に触れるうちにその性質をすっかり変えてしまう。文字通り、変質してしまうのだ。
「きれいはきたない、きたないはきれい」
 この言葉の通り、美しいものは醜いものに、人間の歪んだ思いが込められていたり見た目が汚かったりするものはこれ以上なく綺麗なものに変わってしまう。例えば、おじいちゃんが落とした入れ歯は美しい真珠のネックレスに。欠点のテストは精巧な細工が施されたカメオに。思い出のいっぱい詰まった犬の首輪は小さな犬の形をした銀細工に。汚いものでも後者であればそれは使い古された末に見た目が醜くなっただけで、たとえ変質してしまっても美しい想い出の欠片として大切にされることが多い。けれど前者の場合は深刻だ。
 こんな話を聞いたことがある。
 ある女性が婚約者からローズクォーツのペンダントを貰った。それは純正品ではなくどこかから拾ったものだと言う。この街では変質していない鉱石や貝殻だったり、街の外から仕入れてきた材料だったりを使ったりした、純正品のアクセサリーというのも売られている。けれど海が荒れると泥が溢れてお店が被害にあうことも多く、他の街から距離があって材料の仕入れもなかなかできないから、純正品のアクセサリーは物凄く高価だ。だからこの街でアクセサリーや洋服を手に入れようとすると、どうしても一番手軽なのが砂浜から拾ってくることになる。波が高くなければ砂浜には簡単に行けるから、休日には砂浜でお宝探しに勤しむ家庭も多い。けれど由来は不明だから中にはとんでもない曰く付きの代物を拾ってしまうこともある。その女性はペンダントの由来が気になった。婚約者からのプレゼントでも、知らず知らずのうちに曰く付きのものを贈られていたら気分が悪い。そこで彼女は『翻訳師』に依頼してペンダントの由来を調べてもらうことにした。
 結果は最悪だった。婚約者が彼女に贈ったのは、彼が元カノへ書いた未練たっぷりの手紙が変質したローズクォーツのペンダントだったのだ。当然婚約は解消となり、男の方は街を出て行ってしまった。
 『翻訳師』の仕事は砂浜に打ち上げられたものの、背景や由来も含めた変質前の姿を調べることだ。それとこの逆で、あるものが変質したら何になるのか調べることも。これを私たちは『翻訳』と言う。これには特別な機械とそれを使いこなす才能が必要で、今いる翻訳師はたったの二人。うち一人は今年正式な翻訳師になったばかりで、それまでは老人が一人で仕事をこなしていた。
 翻訳師は少数精鋭だから、“翻訳”には長い時間がかかる。短いもので一週間、長いものだと数か月。これまでの最長記録は3年らしい。それに翻訳師への依頼にはお金がかかる。昔はボランティアでやっていたらしいが、それだといくら何でも割にあわないので、街の人からの要望で依頼料を取ることにしたらしい。それでも最初は数千円だったのだが、感謝した人々からのお礼が積もっていった結果、翻訳師への依頼には一回につき数万から数十万の依頼金が必要となった。けれども翻訳師への依頼が絶えることはない。誰もが気になっているのだ。自分の拾ってきたものの正体、あるいは大切なものがどう変質するのかを。翻訳師の工房では、依頼品の“翻訳”以外にも、持ち主不明のものを“翻訳”し、由来が比較的ましなものを使ってアクセサリーや衣服を作っている。これらも値が張るが品質自体は確かなので、私も小さい頃はお祝い事の際の服は全て工房のものだったらしい。
 私は古い木で建てられたレトロな工房が好きだった。窓には有名な本をイメージしたステンドグラスが張られていて、夕暮れ時に色鮮やかな影が工房の中に落ちてくるのを見るのが楽しかった。小学生の時は学校が終わるとすぐに工房に駆け付けて、夕飯の時間までアクセサリーを見たり老翻訳師の作業を見学したりしていたものだ。かつてはその姿に憧れて、翻訳師になりたいと真剣に考えていた時期もあった。結局才能の違いというものを痛感して諦めたけれど……。

──そういえば、あの万華鏡はどうなったんだっけ
 ある日の講義で宗教画を見た時、ふと昔持っていた万華鏡のことを思い出した。それは、私が小学校の入学式用の服を買うため初めて工房に連れられた時に、老翻訳師からおまけで貰ったものだった。その時買った大きなリボンのついた猫の柄のフリルスカートもお気に入りだったけど、どちらかというと私はその万華鏡を気に入って、肌身離さず持っていたが、いつの間にかどこかにいってしまった。大方、遊びの途中でどこかの泥路に落としてしまったのだろう。あんなにお気に入りだったのに、今はもうどんな姿だったかもあやふやだ。さっきまで存在も忘れかけていた。けれど実はそれほどお気に入りでもなかった気もする。小学校の入学式当日にはもうなかったかもしれない。
──たしか、宗教画みたいなのが周りに描いてあって、あとは蒼いビー玉か何かが底に入っていたような
 まあ、人間の記憶も泥もそんなもんだ。見たいものだけ綺麗なものに変換して見ている。
 私はそれを、醜いと思う。
 先生の雑談が始まった講義を聞き流しつつ、あと二週間後に迫った夏休みのことを考える。この夏休みは帰省もするけれど、どこかに一人旅してみたい。電車を乗り継いで、素敵な駅で途中下車。気の向くままにふらりとどこかへ行きたい。できれば今すぐにでも。私は比較的真面目な学生だと自認しているけれど、ふと講義や課題も放り出して、どこか遠い街に行ってみたいと思う瞬間がある。けれどそれを実行に移したことはない。真面目にしていることからはみ出すのが怖い。そして後で怒られるのが怖い。小学生の時に酷いことをした経験があり、そこからは至極真面目に生きてきたつもりだ。だから今更それを放り出す方法も事後処理も思いつかない。結局は今も、私は窓際の席で、遠くの街に行くバスを横目で見ながらノートを取っている。
 講義が終わった後、前にレポートのテーマについて聞かれた同級生たちの一人から声を掛けられた。彼女が差し出してきたのは、一冊のハードカバーの本。
「この前街の話とかしてくれたよね。それで、これに載ってる小説みたいだなって思ったから」
 これあげるよ古本屋で買ったやつだし、と言う彼女にお礼を言って、私は本を受け取る。パラパラとページをめくるとなかなか面白そうで、帰省の際のお供にしよう、と思った。

 夏休み。最寄駅から小一時間歩くと、ようやく街の入口が見えてきた。都会よりかなり涼しいから、熱中症の心配はいらないけれど、スーツケースを抱えての移動はさすがにきつい。
 五月の大型連休の時にも数日帰っていたから、街に帰るのは実質三か月ぶりくらいなのに、なんだかひどく懐かしい。世間は選挙モードのくせに、選挙ポスターも大袈裟な宣伝車両も通らない道を歩いていると、この街が世界から切り離されているような錯覚を覚える。いや、実際そんなものだろう。この街は、もしかしたら地図にすら載っていないかもしれない。
 坂を上って実家に向かう。坂を上るのに疲れて休憩がてら泥路を眺めていると、この前同級生に貰った本のことが頭に浮かんだ。あれには霧が出る街の話が載っていた。事実は小説よりも奇なり、という言葉があるけれど、この街は本当にその通りだ。けれど泥では霧に比べていまいちロマンがないな、と一人苦笑する。
 実家に荷物を置くと、私は両親への挨拶もそこそこに、すぐに翻訳師の工房へ向かった。
 古びた木製の扉を開けると、ぎしっ、という大きな音が鳴る。これで来客を知らせるドアベルの音もかき消されてしまうのだから、早く直せばよいのに。私は工房の中に向かって声を掛ける。
「ミサ、来たよ」
 机に向かって作業をしていた小柄な少女が立ち上がり、その顔に満面の笑みが浮かぶ。
「リラ!久しぶりだね」
ミサは、「元気にしてた? ご飯ちゃんと食べてる?」と、矢継ぎ早に質問を繰り出す。一応毎週手紙は書いているのに心配しすぎだ。
 「ちゃんと生きてるよ。……それより、作業中だったのに邪魔してごめん」
「邪魔じゃないよ~、リラの方が大事」
 私はミサの作業机に目をやる。机の上には顕微鏡と計器と温度計を合わせたようなよくわからない複雑な機械──これで翻訳師は『翻訳』をするのだ──と『翻訳』中の鼈甲縁の眼鏡が置いてあった。
 机の横に備え付けられた小さな棚には、ラムネの瓶みたいなフォルムのキャンドルやレモネード色のワンピース、金木犀のハーバリウムなんかが所狭しと置かれている。ラベルの日付を見るに、あれらも全部『翻訳』し終わったものだろうか。
「随分多いね、『翻訳』したもの」
「だってほら、お祭りがもうすぐだから」
ふわあ、と伸びをしながらミサは言う。
 
 そうか、もうお祭りの時期か。
 私たちの街には普段、めったに外から人も来ないし街から人が出て行くこともない。けれど一年に一度だけ、街に外から人がやって来るのがお祭りの時だ。お祭りでは主に本が売られる。普段は陰気な顔で黙々と作業をしている製本所の人たちも、この時ばかりは張り切って本を売り歩く。
 昔は『泥』の現象についてもよくわかっておらず、街で採れる貝殻や鉱石の加工にも時間がかかったから、この街では本をつくっていた。自分たちが考えたものもあれば、誰かが書いたものを持ち込んで印刷したものもある。印刷した本は、背中に背負った大きな籠に入れて遠くまで売りに行く。山には、紙の原料となる植物も美しい黒を出す染料になる花もあるし、海から離れた山まではさすがに泥の被害はない。だから本を一年中作り、一年中売りに行けたのだ。
 『泥』の現象の法則性が何となくわかるようになってきてからは、本売りは以前ほど盛んではなくなった。泥が基本的に高台までは来ないとわかると高台に建物や田畑ができ、砂浜から拾ってきたもので生計を立てられるとわかると、アクセサリーや洋服を売る店ができた。それから翻訳師の工房も。けれど、今でも製本所には注文が引っ切りなしに入るらしい。製本所の人たちはいつ見ても忙しなく働いている。そしてお祭りでは、製本所が選りすぐったとびきり素敵な本を売る。中には貴重な本のレプリカなんかもあって、それを求めて各地から好事家たちがやって来るらしい。
お祭りの主役は本だけれど、別に本しか売らないわけではない。翻訳師たちは流れ着いたものを『翻訳』し、持ち主不明でそれほど奇怪な由来ではないものを選んで夜店で販売する。お祭りの期間は道に夜店が出るのだ。それを観光客に案内するツアーも行われる。観光客が誤って泥路に落ちてしまわないように、お祭りの日は道の両側にはランプが掲げられる。―屋台の喧騒とランタンの灯り―この幻想的な風景が私はとても好きで、毎年のお祭りの日を楽しみにしていたものだった。
 夜店で売られるものは、例えば、孤独死した老人が亡き妻から贈られたボロボロのネクタイが変質した、夫婦の顔が刻まれたコイン。例えば、誰かが片思いの少女と行った花火大会で飲み残したレモネードの瓶が変質した、レモンをかたどったピアス。どれも美しくて優しい思い出が詰まったものだ。けれど、そんなものが偶然見つかることなんてめったにないから、たいていはお祭りの前に各家を回って集めた古い品物や、引き取り手のない遺品を集め、泥路に流して回収する。それだと数も集まって、『翻訳』にかかる手間もいくらか省けるから。
 だけどミサは随分用意が早い。『翻訳』には集中力が求められるから、普通なら一日に『翻訳』できるのは多くて二、三個だ。けれど棚には、今日の日付がラベリングされたものがもう十個近く置かれている。
──やっぱり、ミサは才能が違うな
 私は再び机に向かうミサの横顔に目をやる。肩のあたりで切りそろえられた、淡い茶色のボブカット。光が当たると蒼色にも見える丸い瞳。形のよいくちびる。私の可愛い幼馴染にして親友。
 ミサと出会ったのは、小学校の入学式だった。自分と同じくらい小柄な少女が、前に出て何かをもらっている、と思った。その程度だった。仲良くなったのは確か小学校の三年生ごろのこと。小学校に上がる直前に遠くから引っ越してきて、遠縁の老翻訳師に引き取られたミサに、友達と呼べる存在は少なかった。その頃はあまり体が強くなかった私も同様で、それでミサに声を掛けたのがはじまりだった。それからはミサと中学も高校も同じで、そして大学生になる時に初めて、私たちは離れ離れになることになった。
「街を出て、外の大学に行く」
ミサにそう告げると、彼女は一瞬驚いたような表情を見せたけれど、すぐに笑顔になって、
「リラならきっとできるよ」と言った。
 私は勉強して外の大学に合格し、そして老翻訳師の仕事を小学校の頃から手伝っていたミサは、正式に翻訳師として採用されることとなった。
 私が翻訳師になることを諦めたのは、ミサのことが大きい。私は初めてミサと一緒に工房の仕事を体験した時のことを思い出す。老翻訳師が、毎日毎日飽きずに工房で遊んでいた私たちに『翻訳』を体験させてくれたのだ。あれはほんの遊びみたいなもので、私たちはまだ小学校の三年生か四年生だったにも関わらず、ミサはものを正確に『翻訳』してみせた。ミサは誰よりも共感能力に優れていた。ものに耳を傾け、その由来や背景ですらも正確に感じてみせる。推測するのではない、ミサは文字通りものに共感──共鳴と言い換えてもよい──し、『翻訳』するのだ。その姿はまるでものと言葉が通じ合っているかのようで、普段はほわほわしたミサの目が、『翻訳』の時だけ酷く無機質になるのを見るのが、私は少し怖かった。だから今でも、私は『翻訳』をしている時のミサを直視できない。彼女が私から離れた、どこか遠い世界に行ってしまうようで。

「そういえばさあ」
 私はミサが今『翻訳』し終わったばかりの瑪瑙を見ながら言う。ミサの目は先ほどまでの冷たい目ではなく、ガラス玉のように丸くて可愛らしい、いつもの目に戻っている。
「宝石が人間みたいな姿してる漫画あるじゃん?」
「うん」
「私まだ『泥』の現象のことよくわかってなかった時に、あの宝石たちに憧れてさ」
 ミサと私の目が合う。ミサの瞳は宝石みたいだ、と思いながら続ける。
「お母さんの持ってた宝石を泥路に流そうとしたことあるんだよね」
「ええー、……なんていうかさ、リラもそんなこと考えるんだね」
今思うと、あの頃の私はどうかしていた。周りが知り合いだらけのこの街じゃなかったら洒落にならないようないたずらもよくやった。最近でもその頃のことを夜ベッドに入った時にふと思い出し、自己嫌悪と羞恥心と後悔とが入り混じっていたたまれくなる。
「でもそれ考えてた時に学校で講演会があって」
私たちは学校で『泥』や『翻訳』についての講演会を何度か受ける。それは『翻訳』やこの街についての正しい知識を身に着けるとともに、外部の人たちへの説明の仕方を学ぶ機会でもある。お祭りの時にやって来る人たちや、外の人と街について話すときに、不可思議な『泥』のことを話しても気味悪がられるだけだろう。それを防ぐために、対外向けの説明──前に私が同級生たちにしたような説明のような──の方法を学校で学ぶのだ。
「その中で講師の先生が、『きれいはきたない、きたないはきれい』って言っててさ。それ聞いて、泥の中に宝石入れても汚くなるだけじゃん、って思って諦めた」
「でもまあ、ものが人間になることなんてめったにないよ。逆もしかり」
 けらけらと笑いながらミサが言う。
 そういえば、私たちが中学生の時、自称『ものが変質した人間』との心中未遂があったな、と思う。同級生が自称“元もの”の人と心中未遂を起こし、当時学校は受験前だと言うのにその話題で持ちきりだった。心中未遂の後、しばらくしてから二人は駆け落ちのようなことをして、そのまま行方不明になってしまった。その同級生はおとなしくて、争いごとを好まないタイプの子に思えたので、心中や駆け落ちといった大胆なことをやろうとしたことに酷く驚いた。
 あの同級生のことをミサは覚えているかな、と思いつつ
「へえ、一応は可逆変化なんだ、知らなかった」と言う私にミサが、
「やっぱりリラは頭いいね」
 と言った。
 ミサは私のことをそう言ってよく褒めてくれる。けれど私は頭がよくない。もしよかったとしたらそれは高校までだ。翻訳師にはなれないけれど、『泥』の現象を科学的に解明したい、と思って入った大学の講義に、私はその実、ついていけていない。けれどまあ、やると決めたからには最後まで真面目にしたいとは思っているけれど。だけど本当にすごいと思うのはミサの方だ。才能があり、やりたいことにまっすぐ向かっていく。ほんわかしているように見えて実は努力家。けれどその努力を微塵も感じさせずに物事をこなしていく姿は見ていて眩しい。彼女みたいになれたらよいのにと、私はずっと思っていた。
 私はかばんからスマホを取り出し、集中講義のオンデマンドを見始める。「本」がテーマの講義に、ドンピシャだな、と思いながらルーズリーフにメモを取る。不意に、『ベリー侯のいとも豪華なる時祷書』と聞こえて手を止めた。
 私は動画を一旦止めて、ミサに尋ねる。
「ねえミサ、『ベリー侯のいとも豪華なる時祷書』のレプリカ、持ってなかったっけ?」
なにそれ、と言うミサにスマホの画面を見せる。ミサは納得した様子で、本棚から一冊の本を抜き出す。
「これでしょ、リラが言ってるの」
 『ベリー侯のいとも豪華なる時祷書』とは、十五世紀にフランスの王族ベリー公ジャン一世がランブール三兄弟に作らせた装飾写本で、当時のフランスの暮らしが牛皮紙に金やラピスラズリなどを使って描かれている。その溢れんばかりの絢爛豪華さと当時の主要画家たちによって八十年に渡って描き続けられた緻密な「世界で一番美しい本」とも言われている。
 ミサが持っているレプリカは、製本所が作ったものだ。顔料は砂浜に打ち上げられたものだが、その美しさは本物と何も変わらない。去年のお祭りの前、ミサが見つけてきたのが、とある老婦人の遺品が変質したラピスラズリだ。製本所の人たちはその美しさに感激して、お礼としてそのラピスラズリを用いた本をミサに贈った。それがこの、『ベリー侯のいとも豪華なる時祷書』のレプリカだ。
 私はミサからレプリカを受け取り、慎重にページをめくる。紅いベッドが置かれた部屋の絵を見た時、ふと、軽い既視感を覚えた。
──あれ、これ前にも見たような
 去年のお祭りの時じゃない、もっと昔に、私はこれと同じものを見た気がする。──どこで見たのだろう。
「ねえリラ、そろそろ晩ご飯の時間じゃない?」とミサが言う
「あ、そうだった」
ミサと一緒にいると時間が進むのが早く感じる。それに下宿生活だと好きな時間に好きなものを食べているから、時間が決まっている実家での晩ご飯のことをすっかり忘れていた。
 本ありがとう、とミサにお礼を言って、私は家へ向かって坂を駆け出す。
「また明日ね」と言う、鈴を転がしたようなミサの声が聞こえた。

 それからは、この数ヶ月間の別離を埋めるように、私は毎日ミサに会いに行った。朝ご飯を食べたらすぐに工房に出かけて行って、日が暮れるまでミサと一緒にいる。
 ミサとはたくさん話をした。休みの日に食べに行ったパフェの話、お参りに言った神社の話、デパートで見かけたかわいい雑貨の話……。
「絶対リラのところに遊びに行くから、案内して」とミサは言う。私もそれを待ち望んでいる。早くミサに私が今住んでいる街を案内したい。ミサと一緒にいろんな所に行きたい──。
 
 ある日、ミサが私に小箱を渡してきた。箱を開けると、中に入っていたのは小さな瑠璃色の石の付いたネックレスだった。──ラピスラズリ。私が一番好きな石。
「リラ、前に『ラピスラズリ侯のなんちゃらかんちゃら』の本をじっと見てたでしょ。だから」
「『ラピスラズリ候のなんちゃらかんちゃら』じゃなくて、『ベリー侯のいとも豪華なる時祷書』ね」
そう言いつつも、ありがとう、とミサに言う。美人でも可愛くもない私に似合うかはわからないけれど、ミサが今度、私の住んでいる街に遊びに来る時は、必ずこれをつけよう。
「これ、元は何なの?」
「元なんてないよー。これ、純正品だもん」
初めてのお給料で買ったんだ、と無邪気に笑うミサの姿をまともに見られない。親のいないミサから、もしかして親扱いされてたかな、と思いつつも素直に嬉しく思う。何の取り柄のない私と仲良くしてくれる友達がいるなんて。
 もう一度ミサに、ありがとう、と言う。私もバイトを始めたら、初めてのバイト代でミサにプレゼントを買おう。とびきり素敵な、この街で手に入らない何かを。ミサならきっと似合うはずだ。

 いつものように私が工房を訪れていた時のことだった。
 ミサが、
「ねえリラ、世界って優しいよね」
と唐突に言った。ミサの目はステンドグラスの填められた窓を向いている。ミサはよく脈絡もなく話を始める。さっきまで新作のコスメの話をしていたのに、気が付いたら「つちのこを見つけたらどうするか」と真剣に検討していることもある。これもそういった話の一つで、どうせ世の中には美味しいものとかわいい服が溢れているからわたしに優しい、みたいな話になるのだろう。けれど私は聞き逃せなかった。適当にあしらうなんてできなかった。
「そうかな」と私は答える。思いの外冷ややかに響いた言葉に、口にしてから一瞬後悔するけれど、もう止められない。
「見た目だけ綺麗に変えてさ、一皮剥いたら醜い泥だよ。こういうの、ただ騙してるだけで、本質から目を背けているだけだって思うし、これを好んで買っていく人たちもどうかと思う。“もの”と恋愛したいって言う人もいるけどさ、それってイメージだけだよね。でもさ、元は綺麗な“もの”でしたっていう人間なんて、存在しないでしょ。騙されてるだけじゃん。誰も彼も、本質なんて見てないんだよ。本質を知らないままで付き合っていくとかさ、ちょっと気持ち悪くない?」
 ミサ。私の親友。この気持ちは断じて恋ではない、と知っている。中学生の頃、隣の席の男子に恋をしたときは、もっと特別なドキドキがあった。私たちの間にそれはない。けれどミサは当たり前に私の傍にいるものだ、という感じがある。ミサがいなくなる、と想像するだけでものすごく苦しくなる。嫌だ、と思う。想像すらしたくない。ミサをいつかは消してしまうような世界は、全然優しくなんてない。けれどこんな私の方が、よっぽど気持ち悪い。
 私が高校を卒業するとき、ミサと永遠にこの街にいるか、それとも外の世界に出るか、と考えた。永遠なんて存在しないから、私は後者を選んだ。
 それでも、と思う。
──それでもせめて、ミサが私より先に死にませんように。ミサが私よりも長生きしますように

 工房に入り浸っているうちに、あっという間にお祭りの日になった。お祭り以外はのんびりとした空気が流れるこの街も、お祭りの準備の期間と当日だけは熱気に包まれる。今年のお祭りはあいにくの雨が降る中での開催だったが、それでも朝から大勢の観光客が街を訪れていた。
 私は工房でミサとともに“翻訳”した商品の販売を任されていた。客は珍しいものを目当てに次から次へとやって来る。ミサが商品の由来を──対外向けだけれど──説明し、私がレジ打ちと商品の包装をする。こんな田舎ではあるけれど、翻訳師の目利きは正しいから、並べられている商品はどれも素敵なものばかりだ。ふくろうの形のネクタイピン、水晶の付いたネックレス、オーロラ色のマニキュア......。これに惹かれて客がやって来るのも頷ける。
 私たちがやっとすべての客をさばききって、ドアに閉店の札を掛けた時にはもう夕方だった。
「あとの観光客の夜店への案内は俺らがやっておくから、リラちゃんとミサちゃんは休んどいてよ」
小さい頃から私たちと知り合いの青年団の団長が、私とミサを工房の奥の居住スペースに向かわせる。ミサが冷蔵庫から冷えた麦茶を取り出し、グラスに注いでくれた。
「はい」
「ありがとう、ミサ」
 私たちは無言のまま麦茶を飲む。忙しすぎてお昼ご飯も食べられていないから、冷蔵庫を漁って見つけたおにぎりを頬張る。しばらく休むと、ミサは工房の片付けのために部屋を出て行こうとする。私もその後に続く。
 「なんかさあ、工房から人がいなくなると『今年のお祭りも終わりだなあ』って感じがするよね」
散らかった作業机を片付けながらミサが言う。
「そうだね」と床をホウキで掃きながら私は返す。
「今私の住んでる街もさ、大きなお祭りがあるんだよ。この街のお祭りとは時期がずれているから、来年は一緒に見に行こうよ」
「え、行きたい行きたい!」と心底楽しそうに言うミサのくちびるの色が紅すぎて、私は思わず目を逸らし、代わりにチリトリを探す。
──ミサとお祭りに行くのなら、しっかりと手を繋いでおかないと。この子、気になったものがあったらまっしぐらだから
 ぞうきんで床を拭きながらそんなことを考えて、言う。
「ねえミサ、後で時間あったら夜店見に行かない? 私、大学の人にお土産買いたい」
嘘だ。誰かにお土産を渡す予定なんてない。ただ久しぶりに、お祭りの雰囲気を味わいたかっただけだ。けれどミサに私の現状を知られるのが気恥ずかしくて、下手糞な嘘を吐いた。
「いいよー。あ、でもリラ、お土産買う予定なんてないでしょ? 一緒に夜店いろいろ回ろうよ」
あっけらかんと言うミサを見て、叶わないな、と呟く。やっぱりミサには、翻訳師としての才能がある。人やものの本質を見抜く才能。そしてそれを口に出して伝えることを嫌味だとは微塵も感じさせない明るさ。逆光のくせに、ミサが酷く眩しく感じて、私はこの何とも言えない感情を誤魔化そうと口を開く。
 その時だった。
 血相を変えた団長が駆け込んで来る。
「大変だ!泥が溢れて、観光客が……!」
 私たちは彼の後を追って慌てて外に出る。団長の誘導に従いながら、私とミサも急いで夜店が出ている方に向かう。いつの間にか外は豪雨になっていた。強い風が吹いて、傘を差したミサの華奢な躰がふわりと浮く。私はその手を掴んで強く抱き寄せる。
「こっち!」
 私たちが見たのは、地獄絵図だった。溢れ出た禍々しい色の泥が、逃げ惑う人々を巻き込みながら、夜店を飲み込んでいく。
「雨が強くなってきたから、案内してた奴は観光客を山の方に向かわせようとしたんだ。だけど……」
 泥がうねる。今の時間はちょうど満潮だ。十八年間この街で暮らしてきた私でさえこれまで見たこともないような勢いで泥が溢れ出てくる。流されまい、あれに触るまいと私はミサの手を必死に握る。
「観光客が写真を撮ろうとして指示に従わなくて、それで泥が溢れてきて……。夜店を出してた人らは、危ないと思って山のある側に逃げたんだけど、俺らは観光客を誘導しないといけないから……」
「これ以上は危ないよ! 逃げよう!」
 私はミサの手を引きつつ、団長を促して山の方に向かう。何とか他の人たちが逃げてきた高台の広場に辿り着くと、憔悴しきった誰かの呟きが聞こえた。
「……仲間も飲まれた。観光客もたくさん。これから、どうしたらいいんだ……」

 お祭りの日から数日後。雨が止み、あの時溢れ出た泥も、ようやく元の泥路に戻った。
私は朝から実家にいた。この数日間、ミサは毎日海を見に行っている。今日は大潮だから、遠くまで探せると言っていた。人がものとなって砂浜に打ち上げられることは、本当にめったにないことらしいけれど、それでも一縷の望みを捨てきれないのだろう。青年団の団長もボートを出して海を見回っている。夜店を出していた人たちは、すっかり『変質』してしまった商品やテントを片付けていた。私はミサが戻って来るのを待っている。帰ってきたら紅茶とガトーショコラを出してあげよう。ミサは紅茶と甘いものが好きだから。私のように残った住民たちは、捜索に行った人たちの帰りを待って、食事をつくったり飲み物を準備したりしている。
 突然、部屋の扉が開いて母が入ってきた。やけに慌てている。
「リラ、ミサちゃんが……」
「う、そ……!」
 ミサがいなくなった。その知らせを聞いた私は、急いで海に向かった。ずっと恐れていたことが、起きてしまった。私は半狂乱になりながら叫ぶ。
「ミサ、ミサぁ──ー!!!」
「リラちゃん駄目だ、それ以上近づいたら海にさらわれちまう!」
制止する人たちを振り切って、私は海に向かう。何度も転び、砂まみれになりながらミサの名を呼ぶ。ミサ、ミサ、ミサ。どこにいるのミサ。可愛いよ大好きだよだから戻ってきてミサ。私あなたを待ってたんだよミサ。あなたの好きな紅茶とガトーショコラもあるんだから。お祭りも一緒に行こうって約束したでしょ。私の住んでいる街を案内する約束はどうなったの。ねえ、私もこの海に飲み込まれたら、もう一度あなたに会えるかな、ねえ、答えてよミサ──。

 ミサが行方不明になってから一か月後。私は今日も海に来ていた。
 先月のお祭りの時に行方不明になった観光客の手掛かりは、まだ見つかっていないらしい。ぽつぽつと『もの』自体は出てきているらしいけれど、老翻訳師一人では『翻訳』が追い付かないようで、結局のところは何も進展がないのに等しい。
 私は乳白色のオーロラみたいに輝く海を見ている。とても綺麗だ。ミサはきれいだから、もし変質していたら恐ろしいほど汚いものになっているだろう。けれど、きたないはきれい。私はミサの美しさを誰よりも知っている。醜い「彼女だったもの」もきっと愛するだろう。いや、必ず愛する。誰も彼も見た目しか見ていない。きれいな彼女は誰からも愛されるけど、醜くなっても愛するのは私だけだ。私のただ一人の親友。けれど本当は、私はミサがミサのままで見つかることを望んでいる。
 砂浜の端まで歩いて、今日はこれくらいにして家に帰ろう、と階段を昇りかけた時、ふと、砂浜の脇に小さな道があるのを見つけた。
──そうか、今日は大潮だ
道は一応舗装されているようだけど、幅は人一人がやっと通れる程度しかない。私は海に落ちないよう慎重に進む。それほど距離があるわけではないけれど、渡りきるまでには数十分かかった。
 
 私が辿り着いたのは、小さな洞窟だった。上の道からは、木々が遮って見えない。
──こんなところがあったんだ
 私はその洞窟を覗き込む。
 私が洞窟だと思ったものは、実際には巨大なかまくらのようなものだった。屋根に当たる部分には大きな穴が開いていて、そこから光が射し込んでいる。
 穴の真下には、少し盛り上がった岩があった。雨で削られたのか、岩の中心には穴が開き、水が溜まっている。
 否、水ではない。それは泥だった。乳白色のオーロラみたいな泥。私は近くに落ちていた木の枝で、それをかき混ぜる。とろりとした感触。何度かき混ぜても、あの汚いどろりとした泥は浮かび上がってこない。
 木の枝の先が、何かに触れた。私は自分の手が泥に浸かることもいとわず、それを拾い上げる。
 それは、小さな筒だった。
──ああ、カレイドスコープでなくて、テレイドスコープだったのか
 私が小学校に上がる前に無くしたテレイドスコープ。底には真ん丸のガラス玉が埋め込まれている。上から射し込む光を反射して、ガラス玉は蒼色に見える。その淡い茶色の布が巻かれた筒の部分に描かれているのは、ある絵だ。紅いベッドが置かれた部屋の絵──『ベリー侯のいとも豪華なる時祷書』より、「洗礼者ヨハネの誕生のためのミサ」──
「ミサ……」
 私は愛しい少女の、いや少女だったものの名前を呼ぶ。不意に、私の脳裏にミサといつか交わした会話が蘇ってくる。
 私が漫画に影響されて宝石を泥路に流しかけた、という話をした時に、ミサは
──でもまあ、ものが人間になることなんてめったにないよ
と言った。「絶対」じゃなくて「めったに」なんて言えたのは、ミサがそうだったからだ。ものが人間になった存在。
 私はテレイドスコープを覗き込む。古い教会の、木でできた窓枠に填め込まれたステンドグラスのような、あまりにも美しい光景に息を呑む。けれど筒から顔を上げると、そこに見えたのは苔の張り付いた青茶色の岩壁だった。
 頭の中を、ミサの言葉が流れてゆく。
──世界って、優しいよね
 ああそうだねミサ。テレイドスコープは、見たものを美しい像に変える。テレイドスコープを通せば、どれだけ汚いものも、醜いものも美しくなる。
──テレイドスコープ(あなた)にとって、世界は美しい、優しいものだったんだね、ミサ──
 ミサに『翻訳』の才能があるのも当たり前だ。彼女は“もの”本体だったのだから。その本質なんて、手に取るようにわかる──。
 私がなくしたテレイドスコープ。それが美しい少女の姿となって私の前に現れた。そして今、再び元の姿になって……。
「ごめんなさい……」
 私は泣きながら謝る。私が、本質から目を背けているだけ、なんて言ったから?ミサは違う、騙してなんかいないよ。だってほら、ミサはあの泥にまみれてもとてもきれい。違う、ミサは汚い何かになってしまったら嫌われると思って、きれいなものをきれいに変えようとしたの?そんなことしなくていいのに。たとえ嘘吐きでも、どれだけ醜くなっても、私はミサが好きだ。愛している。嗚呼、ほんとうにきれいだよミサ。
 ……でも、これで永遠に一緒にいられる。もう喪うことはない。
 私は震える手でテレイドスコープを抱きあげ、それが少女であった時には決してできなかった口づけをした。

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