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ギャンブルのすゝめ

こんばんは。生粋です。

私の尊敬してやまないお方、福沢諭吉先生はこうおっしゃいました。

「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らずと云り。」

今回はそんなおはなし。

万札公式キャラクターでお馴染みの福沢諭吉。しかし公式キャラクターのお仕事だけでなく、ものを書いたり教鞭を取ったりもしていたらしい。

偉い人が言っているのだから、万人は平等なのかもしれないと思うひとも多いだろう。

私はそうは思わない。

なにも卑屈になっているわけではない。

ただ事実として、私が自販機の下を這いずり回っている間に、甲子園で球を追いかけたり、将棋の王様になったり、舞台の上で歓声を浴びたりしている同年代の人間がいるって話だ。

これを誰が平等だと言えるか。

地主の家に生まれたやつとか、石油王の元に生まれたやつとか、芸能人のとこに生まれて、取り柄もないのにTVに出てるやつとかと、この私が平等なのかと。

これを平等だというのなら、平等という言葉なんか無いのと一緒だ。私は平等ってのは尊い言葉だと思ってたけど、そんな挨拶みたいに使われるんなら無くていい。

私は平等を買い被っていたようだ。

否。平等はそんなもんじゃないはずだ。
多分本当の平等がまだ存在しないから、平等の価値が低く見積もられてしまうのだ。事象が言葉に追いついてないだけだ。

否々。私は誰もが平等で居られる場所を知っている。そこは尊すぎてガイアとか楽園とか神々しい名前がつけられている。

パチンコ屋だ。

台の前に座れば、そこに上下はない。
私のような自販機底ばい虫だろうが、天皇様だろうが、抽選確率は一律1/319。

どの時代のどの政府もなし得なかった、全員が全くの平等という空間を、パチンコ屋は作り上げている。否、創り上げているのだ。

不平等な世の中に嫌気の差したあなたに、この地上の楽園の素晴らしさと楽しみ方をご案内する。

福沢諭吉と同じくらい尊敬する人間に、岡野陽一という方がいる。私はこの方の思想にかなり影響を受けているので、被る部分があってもご容赦いただきたい。

まずなんと言っても平等。
世の中にはいろんな活動家の方がいるが、大体目指しているものは平等だ。女性の地位を向上させたい人、家畜の地位を向上させたい人、クジラの地位を向上させたい人…

安心していただきたい。男だろうが女だろうが、豚だろうが牛だろうが、クジラだろうがイルカだろうが、台に座れば皆平等。1/319だ。

台は相手を選ばない。全ての生物を分け隔てなく救済してくれる。1/319の確率で。

それから汁。
思い出してほしい。9回裏、ツーアウト満塁、フルカウント。張ったヤマに飛び込んできたかと思えば、次の瞬間には美しい放物線を描いたあの白球。その手応え。
大きな舞台、大勢の観客、スポットライト。
数えきれない練習の果て、演目を全て終えた後の拍手喝采。
他にもなんでもいいです。思いつかないけど。
ブザービートとか?

で、その時。全身の毛が逆立つような感覚と、脂汗。視界が白飛びしたような、それでいて全てがクリアに見えているような。えもいわれぬ快感を味わったと思います。

それが汁です。

ただこの汁、上述のような状況でないと出るものではないため、なかなか味わうことが出来ません。

そう、ギャンブルを除いては。

一度だけ行って、汁が出ないからといってやめてしまうのはもったいない。それはまだ汁を出すための器官が博打に対応していないというだけの話。

熱い演出が来ると数字が揃う。数字が揃うと球が出る。球が出るとお金がもらえる。お金がもらえると好きなことができる。好きなことができると嬉しい。この理解をノータイムで行えるよう訓練する必要があります。

慣れてくれば段階をすっ飛ばして熱い演出がくると汁が出るようになります。最初の一回でやめてしまった方も、汁が出るようになるまでトライしてみてください。

それから人生。ここまで読んだ方はパチンコを神かなんかだと思ってるかもしれませんが、それは大きな間違いです。

あの機械は外付けの人生であると言って過言ではないでしょう。パラレルワールドの自分です。

日常生活で嫌なことがあった時、連鎖的にミスをしてしまったということはありませんか?

人間関係がこじれて、何をするのも面倒になるときはありませんか?

あなたの人生で起こったことはすべて、干渉しあっています。そう、ギャンブルを除いては。

例えば私は今日期末課題を出し損ねて先生に土下座をしました。ボロカス怒られました。その期末課題に気を取られていたせいで、留学に必要な書類の発行を忘れました。ついでに財布も無くしました。その中に学生証が入っていたので、書類の発行はできなくなりました。

しかしスロットは勝ちました。1200枚。
ギャンブルをしない方の人生がコテンパンでも、する方の人生まで悪くなるということは決してありません。なぜなら平等だから。

むしろしない方の人生で災難に見舞われると、運を持ち越したとして、する人生の方が豊かになると考える人もいます。

要領が悪く、何をやっても裏目るようなタイプの人がいると思います。私は割とそれです。でもギャンブルなら関係ありません。平等だから。

思い悩んでる方がいたら一度競馬場でもパチンコ屋でもなんでもいいから賭場に行ってみてほしい。そこにややこしい問題は存在しません。
勝つか、負けるか。それだけ。

それから勘違いしている人もいると思いますが、ギャンブルによって所持金がマイナスになることはありません。

なぜなら日本のギャンブルは、賭け金を自分で選べるから。賭けた以上のお金を失うことは絶対にないわけです。

それなのに出玉は無限に出る可能性がある。
あまりにもこちらに有利だとは思いませんか。
こちらは負け額を決められる。店は決められない。

パチンコなら尚更。あれは1日に負けられる上限が決まっています。20万ぐらいでしょうか。

どう頑張ってもその辺りが限界です。しかもたくさん負けるのは難しい。当たっちゃうから。

自分の限界は9万負けくらいです。ギャンブルというには優しいと思いませんか。充分に立て直しの効く額です。

早い台なら30分もあれば回収できます。
1日遊んでようやく使い切る額が、出る時は一瞬。実はパチンコってのはすこぶるプレイヤー有利にできてるんです。

あとはギャンブルを始めると理不尽に強くなります。上で散々体のいいことを言いましたが、やはり賭場というのは理不尽な場所。信頼度96%の演出を外すとか、期待枚数3000枚の激アツゾーンが40枚で終わるとか、ガチガチの本命馬が飛ぶとか、そんな理不尽が日常的に行われている場所です。

爪の先まできていた10万円を取り上げられたりする場所です。

そんな場所に肩まで浸かっている我々が、多少の理不尽に動じると思いますか。

私は1人で行くことが多いですが、喜びを共有できるのも魅力の一つですね。

人によって喜ぶポイントというのはそれぞれ。私にとって嬉しいことが、あなたにとっても嬉しいかはわかりません。

しかしギャンブラーにとって嬉しいことはたくさん勝つこと。これに尽きます。

付き合いたてのカップルなんかの方がいたら、ぜひお相手と一緒に行ってみてください。同じ時間と興奮を共にしたあなたたちは、より深く愛しあえること間違いなし。

全ての存在を平等に愛してくれる場所、賭場。
もう一つの人生がある場所、賭場。

ぜひ一度足を運んでみてください。
汁を出したい人は足繁く通ってください。

行ってみたいけど敷居が高いという方はお声掛けください。天からの遣いことこの私がご案内いたします。


行ってみたら勝ったよという方は支援してください。

いいねはタダなのでぜひ。

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