54 加害者になりなくない加害者
「あなたはどうしたいのですか?」
「どうしたいとも思っていません。ただ申し訳ないです」
「どうしたいとも思っていないような強くも弱くもない感情のために、わたしの夫婦関係は終わります。わたしは離婚します」
そう告げた途端、ずっとうつむいていたZは顔を上げ、声を張った。
「どうか離婚はしないでください。どうか幸せになってください!」
お前のせいで不幸になってるんだよ!!!
そう罵倒してもいいような自己中心的な発言に吐き気がした。きっと自分のせいで、ひとつの夫婦関係が崩壊して、シングルマザーを作り、父親不在の子ども二人を作りたくなかったのだろう。
加害者になりたくないだけの利己的な感情。
罵倒したい怒りを押し殺してわたしは一旦沈黙した。そして大きく息を吸って続けた。
「何年も騙されてウソをつかれた夫とはもう夫婦関係は続けられません。ましてや相手があなたでしたから。
子供たちのことを考えると夜も眠れない日が続きましたが、逡巡し、やはりそれでも無理だと思ったので会いにきました。わたしの意思は変わりません」
「本当に申し訳ありません」
今度はボイスレコーダーでも拾えるくらいの声の大きさで謝罪した。
しばらく沈黙が続いた。
閉店が迫るカフェの若い店員がこちらを見ていたがわたしは気にしなかった。A子がどこに座っているかを確認する余裕はなかった。
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