見出し画像

聖アンデレ(3-D) イエス教団の収支と経営

イエス教団を維持・運営するには、どれくらいの規模のメンバーを、どのような体制で、何を資金源としていたのでしょうか?

まず、イエス教団の規模を図るには、2つの捉え方があると思われます。

イエス教団の収支

一旦、イエス教団は狭義の30~40名程度のこととし、その収支を考えてみましょう。

まずは、資金の使い道(資産、費用)を考えましょう。

(1) 資産の部

イエス教団は、旅をしながら布教するという新しい布教スタイルを採用しています。そのため、資産としては軽いものが多かったと思われます。
 
具体的に想定されるのは、衣服をはじめとする身の回りの品、そして現金でしょう。

(2) 費用の部

費用として現金を使う場合の使途としては、主に以下が考えられます。
1.主要メンバーの生活資金
2.布教のための旅費
3.布教先各所での聴衆への食事等の提供のための資金
4.神殿との対決に向けた工作資金の積立て
 
40名程度の規模で宿に泊まりながら移動するため、食費と宿泊費が最大の課題だったように思われます。この支払をしながら、(神殿との対決にあたってアリマタヤのヨセフを仲間に引き入れたように)有力者とのつながりを構築・維持するための工作資金を捻出していたのでしょう。
 
次は、資金調達(収入、純資産、負債)です。

 (3) 収入の部

イエス教団として、なんらかの事業をしたというような記載は聖書にはありません。従い、実際のところは分かりません。
 
仮に今の世の中において新興の宗教団体を立ち上げようとする場合、例えば、①寄付の受付、②教祖による本などの出版、③聖別されたものの販売、④相談者へのコンサルティング(宗教的な赦しの付与)、⑤その他商品やサービスの販売などが資金源として考えられるでしょう。イエスや聖アンデレには、これらの手法を採用した可能性はあるのでしょうか。念のため、確認してみましょう。

①   寄付の受付

この点は、否定する理由がありません。資金でも、モノでも、食物でも(ルカ福音書8:3、ヨハネ福音書6:8~9)受け取っています。

ヘロデの家令クーザの妻ヨハンナ、スザンナ、そのほか多くの婦人たちも一緒にいて、自分たちの持ち物をもって一行に奉仕した。(ルカ福音書8:3)

弟子のひとり、シモン・ペテロの兄弟アンデレがイエスに言った。
「ここに、大麦のパン五つと、さかな二ひきとを持っている子供がいます。しかし、こんなに大ぜいの人では、それが何になりましょう」。
(ヨハネ福音書6:8~9)

アナニヤとサッピラという資産家夫婦も、教団に寄付をしようとして殺されていましたね。(使徒行伝5:1~11)

②   教団としての著作物の出版

そもそも難しいと思われます。ヨハネス・グーテンベルク(Johannes Gutenberg)が出版技術を確立したのは、15世紀半ばと言われています。それまでの間、原稿を一つ一つ書き写して販売することは理屈上は可能かも知れませんが、「神の国」の到来までの限られた時間と競争するように布教していたイエスたちが、文書等を通じた布教をしたり、その販売で収入を得ようとした可能性は無いと言えるでしょう。

③   聖別されたものの販売

イエスたちが、皿や壺、像、十字架、絵画などを聖別して販売することはできたかも知れません。中世ヨーロッパのカソリック協会のように免罪符を売却することもできたのかも知れません。
しかし、これは、イエスの考える「神」のイメージとは異なります。イエスたちが、この手段を選択する可能性は「無い」でしょう。 

④   相談者へのコンサルティング

イエスは各所で救済や赦しを与えています。これに対し、お礼として金銭が渡されることはあったでしょう。その意味で「肉体的・精神的な治癒」サービスをもって資金を得ていたという可能性はあるでしょう。
つまり、イエスは人々を救うために、他方で、管理部門としては活動資金を得るために、資金残高を見ながら、意図的に救済パフォーマンスを集中的に行うことはあったのかも知れない、と思われます。

⑤   その他商品やサービスの販売など

この点も、聖書には記載がありません。同行する女性たちからの寄付(ルカ福音書8:3)を深読みするならば、同行する女性たちが、服を直したり、手工芸品を販売したり、といった内職を行い、その販売を通じて活動資金を得ていた可能性は否定されません。

以上をまとめると、基本的には寄付を募りつつも、同行する女性たちが手工芸品などを作成・販売して活動資金・生活資金を捻出していた可能性はあるかも知れない、ということになるでしょう。

(4) 純資産の部 

イエスたちの手持ち現金に加え、収入の部で獲得した現金があれば追加される、ということとなります。基本的には、過去の蓄積を取り崩しながら布教したと考えるのが自然でしょう。

(5) 負債の部

ここは分かりません。有力者からの寄付が、場合によって(形式的に)融資であった可能性はあるでしょう。「真の神」に対して自分の魂を救済してもらうにあたって、イエス(エリシヤの生まれ変わり)に対し、「寄付した」という過去の事実を出す方がいいか、「金を貸している」という現在進行形の関与の仕方を示す方がいいかは、資金を出す方の選択によるからです。
 
これは、イエスにとってはどうでもいい話でしょうが、事務方としては、返済義務の有無を把握しておく必要のある話になります。(必要かどうかは未だ不分明ですが、イエスの死後、管理部門(特に聖アンデレ)がどう動いたかを把握するには役に立つかも知れないため、念のため付記しておきましょう。)

寄付の受付(資金源開拓)

P・F・ドラッカーが、『非営利組織の経営』の中で、アメリカ心臓協会CEOのダトレイ・ハフナーにインタビューしています。聖アンデレの活動に参考になるかも知れないので、関係のありそうな箇所を確認しておきましょう。

(1)寄付を募る際の目標

ドラッカー
あなたが私の家へやって来られたとします。寄付をさせるために何といわれますか。
ハフナー
問題の大きさ、私たちが何をしたいか、あなたの寄付がどのように役に立つかをお話しします。そのため何度かお手紙を差し上げます。ボランティアとしての参加までお願いするかも知れません。
ドラッカー
そして私が募金活動する。
ハフナー
もちろんです。あるいは血圧測定サービスに手を貸していただくかもしれません。寄付者としてのあなたに働きかけるということは、寄付だけでなく私たちのミッションの目標達成に直接貢献していただくことを意味します。
ドラッカー
この点についてのあなた方の目標はこういうことですね。まず寄付をしてもらう。次に、やや長い視点から、外部の寄付者ではなく、組織の成功に関りをもつ身内の一人になってもらう。
(P・F・ドラッカー『非営利組織の経営』p.97)

 イエス教団の場合、ミッションは明確であり、寄付者個々人にとっても、自己の魂の救済に直結する教えでした。従い、聖アンデレも、ハフナー氏が行っているような形で、寄付や協力を募り、そのことを通じて関係者を仲間としていくように努めたと推測することができるでしょう。

 (2)寄付はだれのためか

ハフナー
医療関係の非営利組織は、国際的な活動には経済団体や大企業からの寄付があって羨ましいといっています。私のところなどは一人5ドルという世界です。しかし私たちのような非営利組織には、特別な関心をもってくれる人たちがいます。問題はそれらの人たちをどうやって増やしていくかです。
ドラッカー
きわめて大事なことをいわれました。自分たちは、誰にとって大事な存在になりたいかについて徹底して考えなければならないということです。
ハフナー
その通りです。そのような人たちに強く訴えていくことです。
(P・F・ドラッカー『非営利組織の経営』p.97~98)

寄付者は、自分にとって大切な価値観を実現してくれる存在に対して寄付を行います。そのため、寄付を募るにあたっては、自らの価値観を明確化し、ミッション化した上で、価値観を共有できそうな人に対して、友愛の念と理性をもって説得を行うことが求められます。

 イエス教団の場合、生きているものすべてに魂の救済を認めようとするものですので、死後の魂に不安のある人にはすべて共感を得られる可能性がありました。こちらから各所に出向くという布教スタイルは、現地の情報を基に説教することを可能にします。イエスやペテロの情熱的な説教もあり、人々の共感を得るのは、比較的容易だったのではないでしょうか。

イエス教団の運営

 以上を基に、イエス教団の運営についてまとめてみましょう。

 イエス教団の内部が40名程度とすると、お互いの顔が見える規模であるため、比較的容易に運営管理できたものと思います。

 布教先の選定にあたっては、洗礼のヨハネの下に来ていた弟子や巡礼者であって、出身地が分かっているものを頼ったでしょう。現地についたら、お目当ての人物を探し出して、その人物か、その周辺で影響力のありそうな人物にイエスを会わせ、全人格的な陶冶と帰依ができないか探るという活動を繰り返したものと思われます。

その意味で、イエス教団の運営方針は、いたってシンプルだったように思います。

しかし、この布教活動は、おそらくトラブルの連続だったことと思われます。布教先の選定、その場所を目指した移動、ターゲットとの人間関係構築・トラブル対応、移動の間の病気や体調不良への対応、活動資金の獲得、支援者の獲得、妨害者への対応・・・他にもさまざまなことが発生し、布教活動を邪魔しないように対処しなくてはなりません。

そのような中で、トラブルを未然に防ぎつつ、教団の人々の気持ちを一つに保つマネジメントが出来ていたことは、奇跡と言っていいでしょう。

イエスや聖アンデレは、自らの人徳に頼るのではなく、むしろ、現場からのフィードバックを大切にし、適切・適時に反応して問題を未然に防いでいたのではないでしょうか。まさに「無事是貴人」です。

イエスや聖アンデレが去った後の教団が早々に分裂したことを見ると、逆に、イエス教団においては、憧れとしてのイエスの「リーダーシップ」と、よき管理者としての聖アンデレの「マネジメント」が上手く連携しながら機能したことが良く示されているように思えてなりません。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?