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桜人

 花見は楽しかったかい?
 満開の桜が綺麗だった?
 当たり前だ。綺麗に咲かない桜の花なんてあるものか。
 それに君たちが花見に行ったのは、榴ヶ岡公園の夜桜だろう? この時期にあの公園で咲く桜が、綺麗でないわけがない。
 それを知っているのになぜ聞いたのか、だって?
 君のボキャブラリーを試してみたんだよ。
 パソコンのインストラクターなんて商売をやっている君のことだ。どうせ受講者からの質問に答えるばかりで、他愛ない日常での会話なんて奥さんと娘さん以外とは交わしていないんだろう? 語彙力と表現力は、使わずに過ごすと錆びつくものだということぐらいは覚えておいた方がいいぜ。
 それで、やっぱり榴ヶ岡の西側には出店がずらりと並んでいたのかい?
 老舗の牛タン屋が出している牛タンの串焼きは健在かな?
 ハリケーンポテトの屋台はまだ出ていたかい?
 え? そんなに興味津々なら一緒に来れば良かったのに、だって?
 いや、それは御免蒙るよ。
 酒そのものは嫌いじゃないが、花見や宴席での酒は願い下げだ。
 君も知っての通り、僕は真倉寝具店の営業と情報管理を任されている。
 かつては君と同じ会社に勤め、ネット通販の情報管理を行っていたけど、主力商品の回収騒ぎと身に覚えのない受注ミスの責任を取って、馘同然の自主退職をしたんだ。
 もっとも、あの後で不正経理が発覚したうえに不渡りを出して倒産したことも知っているし、職を失った君がインストラクターになるまで苦労したのも知っている。
 僕は僕で、家族と共に路頭に迷っていたところを拾われる形で、真倉寝具店に採用されたようなものだから、営業職という未経験の仕事を与えられても文句はなかった。
 ただ、付き合い酒だけはどうにもダメだ。
 会社とは無関係の君だから打ち明けるが、大勢の人間と一緒に呑む酒というのは、僕にはどうにも合わない。
 ただひたすらに愛想笑いを浮かべ、相手を不快にさせないよう聞いているふりを続けながら相槌を打つ。
 黙って吞んでいれば絡まれる。
 宴がたけなわになれば芸を強いられる。
 これ以上は呑めぬと盃を止めれば逆に飲酒を強要される。
 酒は嫌いじゃないけれど、酒量のコントロールについて指図されたくはないし、限度を超えた酒を呑まされてぶっ倒れたくはないんだ。
 真倉寝具店にインターネット部門を設立させたのは僕だし、その情報管理と顧客拡充を一手に担っているのも僕だ。立場上、どうしても出席しなければならないのはわかっていても、出来ることなら逃げ出したいと思ったことも、一度や二度じゃない。
 だからこそ君たちの花見の誘いを断ったというだけで、別に花を見るのが嫌いというわけじゃないし、君たちに落ち度があったわけでもない。
 話を戻そう。
 単純に綺麗だったとしか言えないようなら、そりゃ小学生の感想だ。
 どこの桜がどう綺麗だったか、例えばライトアップされた枝垂桜が美しかったとか、夜風に舞い散る桜吹雪の儚げな美しさに心奪われたとか、そういう印象に残った場面を巧く表現しないと。
 あるいは場所的なサムシングでもいい。駐車場を囲むような桜並木とか、榴ヶ岡公園なら噴水の話をしてもいいだろう。
 他の桜の名所と比較してみるのも悪くない。例えば、西公園こと櫻岡公園の桜だな。あそこは夜桜が一番だろうが、近くに老舗の茶屋もあるから、昼間に行ってみるのも悪くはないだろうな。
 塩釜神社の伝統ある桜と見比べてみるのもお奨めだね。
 ところで、桜の写真は撮ってきたのかい?
 ここにある? 見せてよ。
 うん、綺麗に撮れているじゃないか。最近のデジカメは素人でも鑑賞に耐えられるだけの写真が撮れるようになって嬉しいよね。
 ああ、一応聞いておきたいんだけど、撮ったのは桜の写真だけだよね?
 いや、枝くらいまでならまだ我慢できるんだ。
 え? おかしい?
 桜は嫌いじゃなかったのかって?
 いや、さっきも言った通り、付き合いの酒が嫌だというだけで。
 誘った時は、桜そのものが嫌だと言ったって?
 桜を見るのは嫌いじゃないさ。
 桜に近づくのがダメなんだ。
 でも、桜についてならそこそこ詳しいよ。
 桜ほど日本人に愛された花は無いだろうね。
「願わくは桜の下にて春死なん そのきさらぎの望月のころ」
 平安末期、西行法師が詠んだと言われる歌は、あまりにも有名だ。
 能ではその名を代にした西行法師や桜川、歌舞伎では義経千本桜や助六が代表作として挙げられるだろうし、文学でも太宰や安吾や梶井基次郎らが桜に因んだ傑作を書き残している。
 より良い桜、より美しい桜を求めて日本人が繰り返し施した品種栽培の数も、並大抵のもんじゃない。桜の代表とも言えるソメイヨシノはその一種だし、ヤエベニシダレやイチヨウ、カンザンといった八重咲きもそうだ。
 君は一重咲きと八重咲き、どちらが好きだい?
 僕は断然、八重咲きさ。同じ桜でありながら、一重にはない華やかさと艶やかさがあるからね。
 特にフクザクラやヨウキヒ、クシロヤエあたりは見事なもんさ。
 それに、色が違う品種栽培も八重ならでは、だからね。
 え? 色は色だよ。花びらの色さ。
 君はまさか、桜の花は白か紅色しかないなんて思っちゃいないだろうね?
 それを一般常識だと思い込むのは、多様性に対する一種の侮辱だよ。
 本当に知らないのか?
 ウコンという桜は黄緑色の花を咲かせるし、ギョイコウにいたっては濃緑だ。
 桜を愉しみたいという日本人の心情には、狂気すら感じられるね。
 桜というのはね、本当に特別な植物なんだよ。日本人の魂が込められていると言っても過言じゃないだろうね。
 ああいうものは、必要以上に近寄らず、出来る限り距離を置きながら眺めて愉しむのが最善だろうね。
 それにしても、綺麗に咲いたもんだ。
 こりゃあ年々人だかりが増えていくのも仕方ない。
 でも、これだけ人がいたんじゃ身の置きどころが無いというか、押し合いへし合いで桜に近づくことになるだろうから、やっぱり直接見に行くのは願い下げだね。
 え? なんでそこまで桜に近づくのを嫌がるのか?
 まるで僕が桜を怖がっているみたいだって?
 いや、怖がっているわけじゃないんだ。
 むしろ桜の樹に対しては、畏敬の念を抱いているというか。
 動画や写真なんかで桜を見るのは問題ないし、むしろ好きなくらいだな。
 うん、この言い方だと、僕がまるで桜は花以外に価値がない、といっているように思われてしまうのも仕方ない。
 でもね、僕は桜にどのような秘密があるのかを知っているから、知ってしまったからこそ、桜の樹に近づけなくなってしまったんだ。

 僕が「それ」を知ったのは、前の職場を退職してから初めて迎えた春先のことだった。
 今だから言えるが、回収騒ぎが起こるまでのあの会社は優良そのものだったよ。
 何しろ設立前から情報管理の重要性に目を付けて、僕たち正社員全員にスキルアップ目的の研修を受けさせただけじゃなく、タブレットで社員の勤怠やら給与やらすべての管理を行っていたからね。今となっては当たり前のことなんだろうけど、当時の中小企業としては画期的で、しかも設立したばかりで余裕がないはずの会社にしては、思い切った行動だったからね。
 それはともかく、次々届く注文キャンセルと身に覚えのない受注の捏造について追及され、責任を取る形で退職した当時の僕は、精神的にかなりまいっていた。
 何しろ、退職の理由が理由だ。ハローワーク経由で新しい勤め先を探し求めたところで、面接になれば必ずその点を追求されるし、ちょうど年明け直後に前の会社が倒産したことや、倒産にいたるまでの間に起こった様々な不祥事が明るみに出たことで、地元じゃそれなりに知られるようになってしまった時期だ。
 幸か不幸か、子供のためにと貯め続けていた貯金もあったし、雇用保険のお陰でしばらくの生活に困ることはなかったものの、将来に対する不安と現状から生じるストレスにより、吸っている煙草の本数も知らず知らずのうちに増えていった。
 君も同意するだろうが、収入が安定しない時期ならば、この本数を減らすのが節制というものだろう。
 だが当時の僕には、その発想が思いつかない。あるいは思いついたとしても受け入れがたい心境にまで追い詰められていた。
 もし僕が一時の享楽のためにパチンコや競馬のようなギャンブルに手を出すか、逃避先を求めて不倫に興味を持ち始めていたら、今頃こうやって呑気に君と世間話なんて出来なかっただろうね。
 元々嫌煙家だった女房からすれば、たまったもんじゃない。
 会社を馘になった亭主が、日がな一日ほぼ何もせず、自宅で煙を燻らせているだけなんだから。
 あの晩の喧嘩は、それが原因だった。
 灰や吸い殻が溜まったまま片付けずにいた灰皿を、女房が不注意でひっくり返してしまったことでお互い罵り合いになり、形勢不利に追い込まれた僕は、折よく切れかけていた煙草を買いに行くという名目で家を飛び出した。
 今になって思い返してみると、中坊の癇癪みたいな笑い話だけど、まあ当時の僕は無職ゆえの苛立ちもあって、頭を冷やしたかったんだ。
 チャコールグレーのジャケットに煙草とライター、吸い殻入れ、そしてスマホと家の鍵を詰め込んでからアパートを飛び出した僕は、春先の夜気を剥き出しの顔に浴びて、たちまち正気に返った。
 暦の上では啓蟄を過ぎてはいたが、仙台にはまだ春の訪れは遠く、夜の気温は極めて低い。
 しかも一昨日降り積もった雪が踏み固められたことで出来上がったアイスバーンが、歩道も車道も構わず路面に貼り付いていたので、夜道の散歩は非常に滑りやすく困難になっていた。
 折悪しく愛車を車検に出していたこともあり、仕方なく僕は徒歩で夜間の仙台を彷徨うはめになってしまったわけだ。
 衝動的に家を飛び出したも同然なのだから、財布を置き忘れてきた事に気づくのが遅れたとしても、それはそれで仕方のないことだろうさ。
 それに財布を忘れたことに気づいても取りに戻らなかったのは、求職者としての倹約と節制の精神からであって、決して家に戻ることへの気恥ずかしさではないことは、君もわかってくれるだろう。
 とにかく無一文で外に出たわけだが、懐に金があろうとなかろうと肌寒いことに変わりはない。それどころかいつ雪が降りだしてもおかしくない程である。
飲食店はとっくに閉店時間を迎えているし、そもそも支払いの持ち合わせがないので居酒屋にも入れない。
 ほとぼりが冷めるまでコンビニで立ち読みを続けようと思い立ってはみたものの、出入り口に堂々と「清掃中」の看板を立てられては断念するしかない。
 さてどうしたものかと思案しながら周囲を見回した僕の脳裏に浮かんだ、休憩用の広い東屋。
 女房子供を連れて遊びに行ったこともある近所の風致公園、三神峯公園だ。
 君も知っての通り、三神峯公園は榴ヶ岡公園や西公園と並ぶ桜の名所として、それも桜の本数ならば仙台一として知られている公園だ。
 昭和までは由緒ある多賀神社の所有地であり、昭和に入ってからは仙台陸軍幼年学校が建てられていたんだが、空襲と敗戦により廃止。戦後は旧制二高の校舎や東北大学の校地として学生寮が建ち、それらの移転後に公園となった場所だ。
 そうだ、三神峯公園の東屋なら風雪を凌げるし、無料だからほとぼりが冷めるまで時間を潰していられると気づいた僕は、足を滑らせないよう慎重に歩きながら三神峯公園へと向かった。
 その時はまだ東西に一ヶ所ずつしかなかった三神峯公園の入り口、一昨日の雪残る東側の階段を昇った僕は公園の内部、足跡どころかソリの跡まで残っている広場の雪面を歩き回り、まだ蕾をつけたままの桜や、かつての建造物を記念している碑を眺めつつ、ぐるりと園内を一周してから、北東に設置された東屋に入った。
 東屋には西と東にテーブルが一つずつ、その四方を囲むようにベンチが設置されていたんだが、東側のテーブルとベンチは先客が粗相したらしく、ひどく汚れていたので、西側の端に腰を下ろしてから僕は取り出した煙草に火を点けた。
 煙を燻らせタールとニコチンを肺に収めつつ、スマートフォンを眺めているうちに電子マネーの存在を思い出したものの、今さら立ち上がる気にはなれないし、コンビニと居酒屋以外の店はとっくに店じまいしている時間帯である。
 スマートフォンの求人広告を眺めてはみたものの、こちらの条件に合う求人はなかなか見つからない。仮に良さそうなものが見つかったところで、会社の評判について検索してみては飛び交う罵詈雑言に嫌気がさし、到底連絡を取る気にはなれない。
 一刻も早く、新たな勤め先を決めなければならない。このまま雇用保険の期限が切れてしまえば、もはや預金残高に記載されるのは引き落としの金額のみである。
 そうかといって、労働環境の悪い会社に入って身体を壊したのでは本末転倒だし、そもそも冤罪とはいえ業務上のミスで馘になった男を採用するような聖人は、そうそういない。
 スマートフォンの画面を、求人からニュース一覧に切り替える。
 関東以南はすっかり花見ムードに浮かれているらしく、新宿御苑や上野公園で、七分咲きの桜を肴に浮かれている酔っ払いたちの狂態が画像になっていた。
 酒は好きだが、宴会は嫌いだ。
 呑んでいる最中も知人の動向に注意を払わねばならず、ともすれば会話や芸を強要されたのでは、酒の味もわからなくなるし気持ちよく酔えないじゃないか。
 心地よい気温と満開の桜の下であろうと、大勢の人間とひと塊になって呑むくらいなら、今みたいに悪態を吐きたくなるような寒空の下での独り酒の方が、遥かにマシだろうよ。
 とはいえ、蕾のままではさすがに寂しいなと顔を上げた僕の視界の端で、奇妙な物体が蠢いた。
 あっと驚き、反射的に後ろへ跳び退いたのがまずかった。
 君も知っての通り、東屋のベンチには背もたれが無い。
 三神峯公園のそれも例に漏れず、しかも後ろに跳んだことで左右の脛をベンチの縁にぶつけてしまった僕は、両足を払われるような形で東屋の硬い石畳に尻もちをついてしまった。
 今だから冷静に客観視できるけど、あの時はとにかく混乱して、何か得体のしれない化けものが背後から襲い掛かってきたのかと勘違いしたくらいだ。
 どちらにしろ、あの場面で悲鳴を上げなかったのは僥倖だった。転ぶ前、僕の視界に入ってきた「それ」に気づかれなかったのだから。
 それは直立した芋虫にも似た、人間大の生きものだった。
 周囲の暗がりに溶け込むような、灰色がかった赤墨色とでも表現すべき体色のせいか、輪郭までははっきりしない。
 はっきりしないのは、輪郭だけじゃなかった。
 目鼻が付いているか、それどころか頭部や手足の区別がつかないから、二本足で歩いているのか、それとも四本足で歩いてるのか、そいつが直進しているのか後退しているのか、それすらもわからなかったぐらいだ。
 四本足なら、どこかで飼われていた飼い犬が逃げ出し野生化したのではないか?
 いや、少しばかり早く冬眠から覚めた熊ではないか?
 それとも八木山動物公園から逃げ出した動物か。そういえば、あの動物公園は以前に虎が逃げ出したことでニュースになったことがある。
 色々と思い巡らせながら、いずれにせよわが身に危険が訪れていることに変わりはなく、僕は木材と金属柱で作られたテーブルの下に急いで身を隠した。
 一方の化けものはといえば、隠れた僕の存在に気づかないのか、それとも僕の存在など気にもかけないのか、這いずるようなスピードでゆるゆると東屋を横切り、三神峯公園の正面入口へと向かった。
 三神峯の桜は有名だけど、中には枝垂れ桜でもないのに枝が伸びすぎたソメイヨシノがいくつかある。その長い枝の重みに耐えきれなかった幹が裂けるのを防ぐため、T字を横に繋ぎ合わせたような支柱で支えていたんだが……
 えっ、名前を知っている?
 あれは方杖支柱というのか、初めて聞いた。
 とにかく、その支柱に支えられたソメイヨシノの間を通って西へと向かい、そのまま園内をぐるりと反時計回りに巡回した化けものは、再びテーブルの下に隠れた僕の前を通り過ぎた。
 ちょうど仰ぎ見たその姿は、身体一面がごつごつしてひび割れたかのような浅黒い皮膚に覆われ、頭部にあたる場所からは毛髪みたいな長い糸が束となって流れていたよ。
 東屋を通り過ぎたそいつが、公園の北東に立つひと際大きな桜に近づいた時、僕はそいつの肌が何に酷似しているかようやく気づいた。
 盛岡の石割桜で知られる原生種の一つであり、そいつが近寄っていた大木でもある、エドヒガンの樹皮だ。
 そのエドヒガンを前にして、まるで両腕を広げるかのように横に身の丈を広げた化けものは、そのまま抱きつくように古木の幹に貼り付いた。
 そのまま微動だにしない怪物の後ろ姿を凝視しながら、はたして奴に気づかれずに逃げ出せるだろうかと思案していた僕の耳に、異様な音色が流れ込んできた。
 人の声にしてはあまりに暗い、啜り泣きのような音。
 最初は、鈴虫やコオロギのような虫が鳴いているようなものかと思ったが、季節が違う。
 次に、風の音かと思ったけど、三神峯の風はいたって穏やかなものだった。
 そして、ようやく気づいたんだ。
 音は、エドヒガンに貼り付いた化けものの身体から聞こえていることに。
 それは鬨が進むにつれて次第にもの悲しく、聞いていた僕を絶望へと引きずり込むような重苦しい音色へと変わっていった。
 そして僕の心が限界を迎えた瞬間、僕はたまらなくなってテーブルの下から飛び出していた。
 後はもう、どこをどう走って家に辿り着いたのかすら覚えちゃいない。
 それから何日経ったのか。
 雪と氷が完全に溶け切った晴天の休日に、僕は再び三神峯公園へ向かった。
 理由はもちろん、あの化けものに抱きつかれたエドヒガンがどうなったのか、この目で確かめるため。
 親子連れや小学生が遊び回る広場から離れた、公園の端にそびえ立つエドヒガンは、枯れてはいなかった。
 でも、僕は驚いたね。
 太く短い幹に貼り付いたあの化けものが、そっくりそのままエドヒガンと一体化していたのだから。

 さて、君はどう思う?
 僕が最初に思ったのは、あれは空襲で亡くなった陸軍幼年学校の生徒か、学校関係者の亡霊だったのではないか、ということだ。
 幽霊やオカルトを信じるのかって?
 信じちゃいなかったさ。
 僕が心霊を信じるようになったのは、会社を馘になって経済的、心理的に追い詰められたことで生じた焦燥が原因というのも間違いないだろうが、それ以上の理由がある。
 そう、僕たちが働いていた会社。あそこが倒産するきっかけになった「アレ」だ。
 あの時、僕はクレーム処理の手伝いをやらされていたんだけど、回収した商品を調査要る仕事も手伝わされていたんだ。
 使っていると中からすすり泣く声が聞こえてくる、というクレームが続出して回収騒ぎになったけれど、回収した商品すべてを調べてみても、すすり泣きどころか音が出ることすらあり得ないということだけは確認できた。それが会社としての公式見解だった。
 この消費者を無視したかの態度が、不買運動に繋がってしまったんだな。
 でも君は、その後のことは何も知らないだろう?
 あの枕、「まるチャンまくら」は社長の娘さんがデザインしたものだが、そっくり同じデザインの顔をTシャツにプリントしたら、どうなったと思う?
 泣いたんだ、夜中に。
 無論、涙を流していたわけじゃないが、種も仕掛けも小細工も無いシャツから、すすり泣きのような音が聞こえたのは確かだ。
 その現象は、どういうわけか三日後に忽然と消えたし、以後Tシャツからは何も聞こえなくなった。だが、会社がこんなオカルトを公表できると思うか?
 僕が心霊の存在を僅かながらにでも信じるようになったのは、その時からさ。
 話を戻そう。桜の幹に貼り付いて同化した怪物――言うなれば「桜人」――が空襲で亡くなった人たちの霊魂ではなかったか、と僕が考えたところまでだったね?
ところが調べてみたところ、その学校は確かに空襲を受けてはいるものの、死者が出たわけじゃないようだ。それに出征した生徒が戦地で亡くなったとしても、彼らの霊魂が学校に戻ってくるだろうか? 戦地に留まるか、戻るとしても彼らの生家ではなかろうか?
 そう考えて、さらに調べてみたら、新たな可能性が出てきた。
 三神峯公園、いや三神峯には縄文時代と古墳時代の遺跡があり、石器や埴輪や円墳が発掘されているそうじゃないか。
 ここから先は、あんな怪現象を目の当たりにした僕の妄想に過ぎないのだが。
 あの化けものは、縄文時代や古墳時代といった古代人、大和朝廷が成立する以前にこの辺りで生活していた人間の幽霊だったのではないだろうか?
 地下に埋められた彼らの魂は、時折地上に彷徨い出してはあのような姿となり、エドヒガンのような古桜の幹にしがみついたまま、あの歔欷に似た音を奏でながら一体化することで、ねじくれた根を通して地下へと舞い戻っているんじゃなかろうか?
 僕が見たのはエドヒガンの幹だったが、例えばソメイヨシノの幹にある瘤や、不自然なまでに盛り上がって地面から顔を出している桜の根は、桜と一体化することで古代人なりの「成仏」を迎えた魂――桜人の抜け殻なのではないか?
 そして、地下ではそれらの霊魂がひしめき、あるいは地下の深淵で霊魂たちの楽園、国家を築き上げているのではないか?
 真倉寝具店の社長からお呼び出しの声が掛かったのは、僕がそんな夢を見た翌日のことだったんだ。

                                    (了)


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