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望む未来を作って行くには、社会の成り立ちを知ろうとすることから?

年代によって教材は違うと思いますが、子どもの頃に、何かの時間に見せてもらっていた「はたらくおじさん」という番組の記憶の断片が、大人になってもずーっとよみがえります。

今だと特に、「働くのはおじさんばかりでない!」という声も聞こえてきそうですが、それはさておき、です。

先日、知人と話していて、富山で行方不明になったお子さんが海で発見された、という話から、日本の川は急流、という話になりました。

そうすると、「日本の川は、川でなく、滝と呼ぶべきだ」と言ったとかいうデ・レーケの名前が思い浮かびました。

で、今時なので、ネットで調べてみて、知りました。

明治の初期に日本を訪れ、以降、2度帰国した以外はずっと30年間日本に滞在し続けて、淀川の改修、木曽川の分流、大阪港など多くの港湾の改修、東京・神田の下水などなど、とてもたくさんの仕事をされた方だと。

その時期に建設された砂防ダム、防波堤、粗朶を使う技法などは今でも健在で、全国各地で私たちの安心安全な生活を支えてくれている、とのこと。

それなのに、外国人技術者は、あくまでも裏方で、功績者が名を連ねる記念碑にも記されず、式典にも一度も呼ばれたことがなかった、とも。

これを見て、また思いました。私たちは、知らないところで、本当に多くの人、技術にお世話になって、今の生活を営んでいることを。

日頃、税金を支払っているので、豊かで便利なのは当然、と思っていないでしょうか?

ですが、「社会的サービス」というものは、お金を支払えば望みが叶う、というものでもないことを歴史は教えてくれますね。

今のように、社会システムが岐路に立っているとき、必要なのは、まず現状とその歴史を知ることから始めたい、と感じます。

人口が減って労働力もなくなっていく、経済力も低下していき、ない袖はふれない。

そうして、やれることをシビアに選んでいかなくてはいけなくなる未来が、これから到来するとしたら?

何はあきらめ、何は死守して守るべきか?

そんな決断をたくさん迫られる日は、そう遠くないかもしれません。

それに備えるには、まず今私たちが与えられているもの、その歴史を知ることから始めるのがよさそう、と思うことが多くなりました。

どうしても死守したいものは、なんでしょうか? そろそろ本気で考えてみたいですね。

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