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公立病院改革3〈2006年〉東北170床 公立F病院(5)

2月下旬に急遽、依頼を受けて開始した全適化業務が3月末で一段落した。
そして、4月からは気を入れ直して、「業務分析」「業績改善(予算達成への助言)」のフェーズに突入した。

さて、コンサルレポ作成や職員ヒアリングなどは、初コンサルのKN病院で経験したところなので、同じことはできると思う。
しかし「業績改善(予算達成への助言)」?
これができる人は、ウチの事務所にいるのか・・・

いや、いない。
僕の職場は、公正妥当な会計処理を行い、適正な税務申告を行う普通の会計事務所である。
医療法人が専門ではあるが、納税に無関係な公立病院の、業績改善をする人はいないのだ。

一人だけ例外を書けば、公認会計士である当時のボスは、病院や地方公営企業の立て直しについて、実績を持っていた。
そもそも公立病院コンサルの業務は、彼が主導的に持ってきている。

しかし、その方法は彼にしか再現できない独特なもので、彼以外のどの職員にも実施不可能な手法であった。
当然、僕にできるわけがないのだが、とにかく契約書には「業務改善(予算達成への助言)」ほか、豪華メニューが並んでいる。

僕がいくらおバカでも、僕一人(もう一人いたが、実質僕一人)でこんなことはできない、ということは分かるので、ボスに相談した。

そうしたらボスが、人脈を駆使してどこからか助っ人軍団を呼んでくれたのである。

・コンサルY氏 (KN病院も手伝ってくれた、医療に詳しい元敏腕商社マン)
・大学准教授J氏(地方公共団体に詳しい、病院論文で売名を狙う研究者)
・銀行員N氏  (大型の公共案件を手掛ける、政府系金融の銀行員)
・当社メンバー (     )

そして4月の訪問で、僕を入れた5人で「コンサルチーム」として、病院訪問することとなった。

僕は税理士受験生だし、本業に関係ない余計な仕事はしたくないのだが。
こういう、各分野の力あるメンバーを率いて(?)コンサルに行くという状況に、また心が熱くなってきた、興奮してきたな。

訪問した日の行きと帰りの情景は、18年経った今でもよく覚えている。
東北の駅から、いつもはレンタカー屋で最小限のミニカーを借りるところ、三列シートの日産ラフェスタを借りた。
運転は当然、一番下っ端の僕で、狭い三列目は少し大柄で声が野太いJ准教授が、一人で占有した。

そして、当時世に広まり始めた「公立病院改革」について、各界に知見あるメンバーで、クルマ内で四方山話が始まった。
僕もわずか一年、いや半年の病院コンサル経験をもとに、頑張って、その車内議論に混じってみた。
その強力なメンバーの病院談議に加わったことに、ある種の高揚感やプロっぽさに酔ったことを、いまもよく覚えている。

そして全員で病院内をラウンド見学に入り、違う道のプロがそれぞれに病院内の様子にコメントしている姿が、格好よく映ったものだ。
何より、本当に心強く感じた。この人たちがいれば、まあ何があっても大丈夫だという安心感を感じていた。

その安心感のままに、まず4月は、J准教授の仕切りで始まった。


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