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第127号 災害と電力

2024年1月15日

2024年は正月早々からとんでもない幕開けになった、と恐らく日本国中が感じたと思います。

正月三が日に大きな天災と人災が立て続けに起こりました。ただ事ではないです。

「世の中、神も仏もありゃしまへん」「神仏のご加護がありますように」

個人的な考え方はどちらでも良いかと思いますが、起こった災害に対しては真摯に受け止めなければなりません。

幸いにして京都市内には大きな被害は今のところ出てないですが、これを文字通り「対岸の火事」とすることなく我が事として感じることが求められます。

災害は、起こったときも大変ですが、その後の復旧復興まで視野に入れると何倍も何十倍も大変なことが多くあります。

今の我々は「モノがあって当たり前」「電気が通ってて当たり前」「蛇口ひねれば水が出て当たり前」この当たり前なことが余りにも多く、また生活の根幹の部分に多く寄与しています。

災害が起これば、そんな【当たり前】は瞬時に吹っ飛びます。

一昔前は電気が不通になると通信回線が使えなくなり連絡手段が遮断されました。

今は、電気が不通で通信回線が使えなくなっても、ドローン等で通信基地を被災地上空に挙げて、電源はバッテリーの交換等で賄い、連絡手段を確保するそうです。

水や食料は備蓄することができますが、電気は備蓄できないのが難点です。

今は多くの企業が蓄電池の開発に力を注いでいますが、それと並行して発電方法も注力されています。太陽光発電の発電効率は技術の進んだ現在でも平均15~20%程度だそうです。

ちなみに、風力発電の発電効率は平均20~40%程度(理論値として60%が限度だろうと言われている)、地熱発電は、発電の原理は火力発電や原子力発電と同じですが、水蒸気の温度が火力や原子力よりも低いため、発電効率も約10~20%と低め。水力発電は、水路に流したときの摩擦損失が小さく、ほとんどを運動エネルギーに変換できるため、発電システムで生じる損失を加えても発電効率は約80%だそうです。

電気に依存しない生活、これは個人的には成立するかも知れませんが、社会全体としてはもはや全くもって非現実的と言わざるを得ません。

1752年にベンジャミン・フランクリンが雷は電気であることを発見し、1800年にボルタが電池を発明し(ちなみに平賀源内は1776年に日本に持ち込まれたエレキテルの修理に成功しているが日本での電気の普及には及ばなかった)、以降人類は電気を生活の中に取り入れるようになりました。1879年、エジソンによって京都・石清水八幡宮近くの真竹をフィラメントに使った白熱球が発明され、人類は手近に明るさを手に入れることができました。ちなみにエジソンは白熱球の発明以降、発電所や送電網、ヒューズ、スイッチ、コンセントに至るまで発明しています。

「24時間明るい暮らし」は人類の生活を飛躍的に豊かにしました。今は「本当の夜の暗さ」を知らない子供たちがほとんどだと思います。

私は東北震災の発災から半年後の岩手県の海岸付近に行ったことがあります。夜は本当に真っ暗でしたが、(不謹慎ながら)星空がとても綺麗だったのを思い出します。

自然災害はいつ起こるか、どのくらいの規模で起こるか、全く分かりませんが、常に想定し、出来る限りの備えは必要でしょうし、その【想定を上回る】のが災害であるとも言えます。

被災地の一日も早い復興を願って已みません。

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