とっておきの海へ。君と。
もしも彼女がオッケーと言ってくれたら、僕を受け入れてくれたら、二人で行きたい場所があった。彼女に見せたい景色があった。
海だ。沈みかけた夕陽のオレンジ色が照り映える海だ。僕のMiniの助手席に彼女を乗せ、海沿いの国道をドライブするんだ。
そして今、僕の隣に君がいる。夕陽の海を見ている。開けた窓から入ってくる風が真っ直ぐな長い髪をもて遊んでいる。
「ねえ。なにが可笑しいの」
「えっ」
「横顔が笑ってる」
「そうかい」
「うん」
待ち合わせ場所に立っていた君を思い出す。SNSで何度も数え切れないほどのやり取りを重ね、今日のこの日を迎えた。
君の言葉と文章に慣れ親しんで、君という人をよく知ったつもりでいたけれど、会うのも声を聞くのも初めてだった。でも君は、僕が想像していたとおりの君だった。
気の強そうな眉と意志の強さが知れる瞳。笑うとその横顔に少女の面影がかすかに覗く。僕の好きな顔だ。そう言ったら、君がまた笑った。その声も好きな声だ。落ち着いた大人の女の声に、ほんの少しだけ、無邪気な甘さが混じる声…。
それらすべてが僕の想像していた君にぴったりだった。あまりにも想像どおりの人だったから、何だか可笑しくて笑ってしまったんだ。君はそんな僕を見て不思議そうな顔をした。
君を車に乗せ、海沿いのレストランへ。ランチは是非ここでと僕が推していた店だ。渡り蟹のリゾットが絶品なのだ。
「もうリゾットの季節じゃないよね。もうすぐ夏だよ」
なんて言いながらも、おいしいと微笑んでくれた君に安心する。
デザートを楽しみ、他愛のない会話を楽しみ、店を出て海へ。道路を渡り、階段を降りたら、そこはもう、波が寄せる砂浜だ。
君がサンダルを脱いで裸足になった。スカートの裾をつまんで波打ち際ではしゃぐ。しょっぱい水をかけられ、お返しとばかりに、僕も君に大海原のお裾分けをかけてやる。
こんなに楽しい気持ちになったのは何年振りだろう。こんなに笑ったのはいつ以来だろうか。それすらも予想していたとおりの君との時間だった。
遊び疲れたので車に戻る。日も傾いてきた。僕の頬を撫で、君の髪を揺らす風も涼しくなってきた。
さあ、とっておきの海を君に見せてあげようじゃないか。
いつか、君と二人で見たいと願っていた、僕のとっておきを、君にあげよう。
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