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【R18官能小説】官能作家"霧山純生"の情事 妄想ガール 第8話

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温泉宿へ

 武田信玄の隠し湯という謳い文句のI温泉は、ひと昔前までは人気があった。特急と鈍行列車を乗り継げば都心からでも数時間で着く。その利便性からY県有数の観光地でもあった。
 
 その隆盛へ水を差したのは、他でもない、新コロナウィルス禍である。I温泉のみならず日本各地のサービス業が痛手を被った。そしてウイルス禍が収束した後も客足は戻らなかった。各地の老舗旅館や由緒あるホテルの廃業が相次ぎ、その負の連鎖はいまだに止まっていない。

 私と美月を乗せたシトロエンがI温泉の街をゆっくり抜けていく。観光客らしき人影はまばらだ。明らかに寂れている。しかし鬼怒川温泉のように巨大な温泉ホテルの廃墟が目立つというほどでもない。ダメージを受けたにしても、やはり東京から近いという利点は強みだ。

 我々の目的地である緑風荘は、市街を抜けた先、山並みが迫る麓にあった。がらんとした広い駐車場の隅に車を止める。

「これはこれは、霧山先生でいらっしゃいますよね」

 車から荷物を下ろしていると、小太りの中年の男に声をかけられた。

「そうです。こちらのご主人ですか?」
「はい。雨宮と申します。遠いところをようこそおいでくださいました」

 慇懃な物腰の雨宮氏から隠れるように、首に巻いたマフラーに顔を埋めた美月が、さりげなく私の影に回った。

「どうぞこちらへ、ご案内いたしますので。足元にお気をつけください」
「わざわざありがとうございます」

 美月の先に立って、ご主人の後ろをついていく。立派な屋敷門をくぐり、これまた立派な佇まいの玄関に入る…と思ったら、左手の方へ、手入れの行き届いた日本庭園の奥へと続いている飛び石の上を歩いていく。母屋を経由せずに、私たち宿泊する離れに、どうやら直接に案内してくれるらしい。ありがたい気遣いだ。

 平屋の離れは伝統的な書院風の数奇屋の造りだった。渡り廊下で母屋と繋がっており、庭側にも趣のある玄関が設けられている。その玄関の引き戸をご主人が開けた。

「霧山様のお宿はこちらでございます」
「ありがとう」
「掛け流しの大浴場は…」

 案内された座敷で説明を聞く。十四畳ほどのこの部屋と別に三つの寝室があるという。

「この離れ専用の浴場のほかに、貸切の露天風呂のご用意もございますよ」
「ほう。それは良いね」
「霧山様のご宿泊中は、ほかのお客様はいらっしゃらないので…はい」
「ほう。それは良いね」

 思わず同じ感慨を繰り返してしまった。

 うむ。
 良い。
 実に良い。

 何度もうなずく私を、雨宮氏は、美月と出会ったあの和食レストランの主人のような意味深な目で見ることもなく、若い美月の存在を気に留める風でもなく、

「どうぞごゆっくりお過ごしくださいませ。お夕食の準備が整いましたら、またこちらへ参ります」

 慇懃に一礼し、去っていった。 


第9話へ続く

♦︎官能小説レーベル【愛欲†書館】
前作までの霧山先生シリーズはこちらからどうぞ。


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【連載中】 ♦︎ シリーズ第3弾! ♦︎あらすじ 霧山と麗奈そして美月の三人は冬休みを利用して温泉宿にやってきた。ゆっくり(エッチに)休養する…

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