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【ハードボイルド】カレン The Ice Black Queen 第五話

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急襲

 ヘッドライトの光が闇を退しりぞけ、けたたましいサイレンを鳴らしながら猛スピードで街を突進する。しかし焦る俺には遅く感じた。
「もっとスピードを上げてくれ」
「うるさい。これで精一杯なんだ」
「カレンが」
「うるさい!カレンカレン、カレン!あの女に惚れたのか?」
「そうじゃない!カレンに危険が迫ってるんだよ警部!」
「言われなくてもわかってる!」
「現場の責任者に無線で…」
「とっくにやったよ。俺を舐めるな」
「カレンに異常は無いか」
「今のところな」
「もっとスピードを…」
「うるさい!いい加減にしろ!もうすぐ着く!」
 スピードを上げたまま三番街の角を曲がる。タイヤの軋む嫌な音。遠心力で体がドアに押し付けられ、シートベルトが肩に喰い込む。警部補の言うとおり、カレンの住まいまであと少しだ。
 見覚えのある建物が飛ぶように後ろに過ぎて行く。カレンが住むアパルトマンが見えた。パトカーが歩道の乗り上げた。突き上げるような衝撃。夢中でシートベルトのロックを解除し、ドアを開けて飛び出す。
 俺と同じようにパトカーから転げ降りた警部補と肩を並べて、一段飛ばしで階段を駆け上がる。先にエレベーターにたどり着いたのは俺の方だった。
「警部!早く!」
「ハァ。ハァ。おい。乗らないのか」
「やっぱり俺は階段で行く。警部はエレベーターで行ってくれ」
 一度乗ったエレベーターを、息切れしている警部と入れ違いに飛び出した。右手にある階段へ。後ろから怒鳴り声が…。
「気をつけろよ!それから俺は警部じゃない!」
「わかっているさ」
 一段飛ばしで階段を駆け上がる。重い疲労が蓄積していたが、ここは踏ん張りどころだ。事が済んだら思う存分寝てやる。
 カレンの部屋のドアは開いていた。その横に制服姿の背の高い青年が立っている。
「やっと無罪放免ですか?警部補はどちらに?」
「エレベーターで来る。それでカレンは?どこにいる」
「奥ですよ」
 顔馴染みのその警官に頷いてから中を覗く。つい数時間前に俺が居た部屋は大勢の人間でごった返していた。その誰もが緊張したプロの顔でそれぞれの仕事をしている最中だった。しかし俺の見込みでは、今ここにいる警察関係者の中に敵が紛れ込んでいるはずだ。
「カレンはどんな様子なんだ」
「かなり疲れていますね」
「一人なのか」
「今は婦人警官が付いています」
「そうか。良かった」
 とりあえず間に合ったようだ。後ろでチンと鳴った。エレベーターのドアが開く音。警部補のご到着だ。カレンの元へ向かおうと一歩踏み出したところで、自分が丸腰であるのを思い出した。まあ何とかなるだろう。
「女は無事か?」
「お疲れさまです。警部補。警備は万全ですよ」
「万全なのはわかっている。俺が手配したのだからな。それであの女はどうしている」
「奥の部屋に。婦人警官が付いています」
「婦人警官だと?どこの署の人間だ」
「さあ。今まで見たことがない顔で…」
 行動を起こしたのは俺の方が早かった。待てという鋭い声。気にせず突入する。行手を塞いでいる制服たちを突き飛ばしながら走る。つい数時間前にレーザーサイトスコープ付きのライフルで狙われた広いリビングルームをドタバタと走り抜け、突き当たりのドアを押し開けようとしたが開かない。この奥には、カレンが俺の着替えを持ってきてくれた部屋があるはずだ。
「カレン!そこにいるのは警官じゃない!敵だ!」
「馬鹿探偵め!喚くな!犯人を刺激してどうする」
「うるさい!力を貸してくれ警部!」
 俺と警部補の男二人、怒鳴りながら鍵の掛かっている分厚いドアに体当たりした。肩に激痛が走る。胸も痛かった。体当たりの衝撃で、ひびが入っている肋骨がポキンと折れるかもしれない。しかしたとえ折れた骨が肺に刺さったとしても、俺を信用して頼ってくれた女を死なせるわけにはいかない。木が割れるメリっという音に混じり、女の叫び声と何かが割れる音がした。三度目の渾身の体当たりでドアが崩壊した。
 もつれ合う人影が見えた。警官の制服を着ている人物とカレンが掴み合っている。
 カレンは、襲われているというよりも、おかしなことに、暴れる偽警官の腕にしがみついて逃すまいとしているように見えた。
 そいつ目掛けて飛びかかる。しかし俺の手が届く寸前でカレンを突き飛ばしたそいつは、左手にある、開け放ったフランス窓に身を躍らせた。その腕にこちらを向いた黒光りする銃身。すぐ後ろと前から、ほぼ同時に拳銃の発射音。轟音で耳が聞こえなくなった。だから床にへたり込んだカレンが俺の顔を見て何か言ったようだが何も聞こえなかった。そのカレンを抱いて、犯人に背中を撃たれる覚悟で必死で庇う。ここで死ぬならそれで仕方がない。
 怒鳴り声と慌ただしい足音。長い時間が経った気がした。犯人は逃げたようだ。女を抱いている手がヌルついた。赤い液体が付着している。
 俺の体はどこも痛まない。銃弾は外れたのだ。とすればこの血はカレンのものだろう。救急車をと大声で叫ぶ俺に、こんなシーンでは場違いな落ち着いたコントラルトで、女が答えた。
「私は大丈夫よ。ナイフで手を切っただけだから」
「ナイフだって?」
「ええ。あの警官が私をナイフで殺そうとしたところであなたの声がして、隙ができた。その瞬間に咄嗟にそのナイフを掴んでしまったみたい」
 顔色は紙のように蒼白だった。しかし殺されそうになったとは思えないほど冷静な声だった。
「危なかったな」
「あなたのおかげよ」
「俺は何もしていない」
「あなたが来てくれたから、殺されずに済んだわ」
 そんなに感謝されるほどの働きを、俺はしていない。武装していると確実に予測される相手に、何も武器を持たずに丸腰で挑んだ間抜けな探偵だ。カレンも俺も死なずに済んだのは、ただ運が良かっただけだ。
「たとえ運が良かっただけだとしても、あなたが来てくれたから、わたしはこうして生きている」
「まあ、そういう見方も出来なくもない」


第六話へ続く

♦︎名無しの探偵シリーズ第一弾

♦︎恋愛小説【大人Love†文庫】星野藍月

♦︎ホラーレーベル【西骸†書房】蒼井冴夜

♦︎官能小説【愛欲†書館】貴島璃世


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