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天空のBlack Dragon

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きみはまだまだ遠くへ行けるのだ。きみの理想を超え、それ以上の憧れの地よりもさらに遠くへ達する力をきみは秘めている。 〜フリードリヒ・ニーチェ
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天空のBlackDragon 第一話

きみにしか見えないもの きみにしか理解できないもの それが唯一でとても素晴らしいものだったとしたら そしてそれを誰かに伝えられるのはきみしかいないとしたら きみならどうしますか もしかしたら、いつかあなたにも、"彼"が見えるかもしれない。 登場人物 ・篠崎純也(しのざきじゅんや) 主人公 都内の某企業に勤務しているビジネスマン。 ある夏の日の午後、オフィスの窓から、上空に浮かぶ巨大な黒いドラゴンを見る。 ・篠崎香奈美(しのざきかなみ) 純也の妻 ・篠崎拓矢(しのざきたくや

天空のBlack Dragon 第二話

→第一話へ "彼" 定時で帰宅できるのは稀だ。しかしその日はたまたま仕事が一段落したのと、地上からでもはたしてあれが見えるのか確かめたいという理由が重なり、十八時過ぎには会社を出た。  今の時期の日没は遅い。そんな時刻でもまだ昼間のように明るい。会社のビルから通りへ出たら、ちょうどそこにいた知り合いに捕まった。私の元部下の若い男性社員だ。彼の仲間らしき若者が二人いた。 「篠崎課長。お疲れさまです」 「ああ。お疲れさま」 「今日は珍しく早いですね」 「まあ。たまにはな」 「こ

天空のBlack Dragon 第三話

→第二話へ 描く 「お帰りなさい。今日は早いのね」 「ああ。仕事が早く片付いたからね」 「たっくん。ほら、パパにお帰りなさいは?」 「パパ、お帰りなさい」  玄関で出迎えてくれた妻に向かって晩飯は適当でいいよと言い、足にしがみついてきた小さな体を抱っこする。  我が家へ帰るとホッとするのは私に限った話ではないだろう。我が家は十階建てのマンションの九階の角の部屋だ。結婚して三年目に新築物件で購入した。通勤に便利な駅からほど近い好立地であることと、私たち夫婦の貯蓄および私の収入

天空のBlack Dragon 第四話

→第三話へ 私にできること  電車に乗り会社へ行き仕事をする。帰宅すれば夫と父親の顔になるが、仕事をしている時間が私の生活の大半を占めている。ごく普通の日常を送るごく普通の成人男性。それが私だ。  私大で経済を学び、卒業後、海外製医療機器の輸入販売を手掛ける企業に就職した。これといった功績もない代わりに大きな失敗もせず、三十八歳で管理職のポストについた。同期の中にはもっと早く出世した奴もいる。羨む気持ちも無くはない。しかしだからと言って野心的な人間というわけでもない。  結

天空のBlack Dragon 第五話

→第四話へ 私にしかできないこと画家の話〜アーサー王伝説〜神について  八月も半ばを過ぎた金曜日の昼下がり。友人に会うために、額の汗を拭きながら、私は彼がいるという美術部の部室へ向かっていた。  ここは山本が講師を務めている大学内ではなく、付属の高校の敷地内だ。彼に電話してみたところこちらに来てくれと言われた。高校の美術部の顧問をしているという。今はまだ夏休み中で、すでに部活動も終わっているのだろう。学生たちの姿は見えなかった。  体感的には夏真っ盛りなのに暦の上では残暑

天空のBlack Dragon 第六話

→第五話へ 天空のブラックドラゴン結局のところ損害は金銭的な価値に換算される→3000円  山本からの手紙が届いた翌日、私は会社を休み、盗難届を提出するために地元の警察署へ赴いた。手紙の中で山本は、私から奪った水彩画を「とんでもない値で売った」と書いていたが、私は自分が描いた絵の金銭的な価値など考えたこともない。素人の趣味の産物に過ぎないのだから警察も同じ考え方をするはずだ。  結局のところ盗難による損害イコール損害金額である。それに山本は中学生時代からの数少ない友人だ。

天空のBlack Dragon 第七話

→第六話へ 天空のブラックドラゴン 女王はその長い人生の終わりの時を迎えていた。  豪奢なベッドに横たわり、最期に思い起こすのは、平和を取り戻したルナリア公国の情景ではなく、その昔、彼女がまだうら若き乙女だった頃の、今まさに強力な敵に引き裂かれんとする我が国の姿だ。そして大空を舞う巨大な黒いドラゴンの姿だ。  勇気を振り絞り、若き王女カレリアはたった一人でおぞましき精霊が跋扈するパラゴールの深淵に降り立った。そして幾多の苦難と危機を乗り越え、そこに棲む"彼"を見つけた。

天空のBlack Dragon 第八話

→第七話へ 羽ばたくドラゴン時は慌ただしく過ぎて  会社にとって私はすでに終わった人間だ。しかし、立つ鳥跡を濁さずの言葉もある。今の仕事を綺麗に片付け、引き継ぐべきものはしっかりと引き継いでおかなければならない。戦略的撤退だ。  仕事をしながら星野氏の小説へ提供する絵を描いた。注文されたのは小説本の表紙および裏表紙用の横長の構図の"彼"と、挿絵用の縦長の構図が十点ほどだ。  描いた。ひたすら"彼"を描いた。いつもと変わりなく、いつの日も変わらない"彼"を、いつものよう