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病気の進行と訪れた平穏

転院して二週間と少しが過ぎた頃、主人はだんだん大人しくなって来た。

歩き回ろうとする事が無くなり、ベッドにもたれてじっと座っている。
食事にもムラがあり、食べない事が多いようだ。
そして、『自分で食べる』という事はもう出来なくなっていた。

一歩、また病状が進んだ。
でもこの進行は、ある意味みんなに平穏をもたらしていた。

主人は以前の様に怒ったり、悪態をつく事も無く、病院のお世話をしかめっ面で受け入れている。
私達家族は毎回“お父さんの好きそうな物”を持って、病院を訪れ、好物をゆっくり食べさせたり、手を握ったり、足をこそばせたりして時間を過ごした。

何を、どのくらい食べたかを看護師さんに報告し、足りない分を点滴で補う。
少しずつ、痩せていっているのが、会うたびに分かる。

ベッドに座っていられるようになった主人は、個室を出て二人部屋に移ったので、家族が揃うとなかなか狭かった。小さい病院なので、休憩室もない。
スタッフの方が持って来てくれた折りたたみ椅子に順番に座ったり、立ったままの面会時間。

言葉数は随分少なくなってしまっていたけど、時々、
「うまい」だの、「うん」だの返事をくれた。
一方的にでも話していたら、じっと聞いてるそぶりもあって、どこかに私の知ってる主人が残ってるような気がした。
時々、お得意の「もうええわ」が出る時もあったけど、とても弱々しくて、以前のような憎たらしい言い方はなりをひそめてしまった。

私達家族の、怒涛のような時間は終わりを告げ、ただ、ひたすらゆっくりと流れるジリジリとした時間が始まった。

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