視えない世界をかたる

兄が光に還って1年が経ちました。
兄が教えてくれた事の覚え書きです。

兄は1年前に亡くなりましたが、亡くなったあとも
意識というのは存在をしていて
兄がみせてくれたのは、金色の光の粒のようなもので、生きている私たちが兄を思えば(兄に意識を合わせれば)光の粒がスーッと集まって兄を存在させます。

光の粒はどこか遠い世界や宇宙とか死後の世界とかにではなく此処に存在していること
目には視えないけど私たちとともに存在しているということを知りました。

共に在るんです。

私は20歳前くらいから亡くなった人の言葉を話すということがありました。
兄が私のその様子を見たことはないのですが
「なんでそんなんなるん?」と半信半疑で聞いてきていました。
私は自分でもどうしてか分からず説明もできないので変な風に思われてるんだと兄から聞かれるのが嫌でした。

なので兄が亡くなって
兄に聞いてみたのです。
「私だって何でか分からんのよ。教えてよ。何で亡くなった人が話してきよったん?何で!」

そうしたら兄が金色の光の存在を教えてくれました。

どこにでも存在しているから、こちらが意識を合わせれば繋がるんです。

生きている私たちが想えば存在し、
いづれ私たちも光の粒に還ります。
成仏したとかしていないとか生きている者の考えでしかないと思います。

今日は兄の一周忌で兄の家族、私の家族、父も皆集まりました。
皆、兄を想い、そこに兄も居ました。

でも、やはり目に視えない、身体が無い、声が聞けないというのは哀しくて涙が出るものです。

視えないから分かることもあるけれどやっぱり哀しいです。あいたいあなぁと思います。





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